
人は、
本当に大切な相手と出会うと、
理由もなく怖くなる。
失う未来を、
魂が先に知っているから。
◆
放課後の教室。
雪。
灰色の空。
そして――
橘ひかりの背後に立つ、
白い少女。
静かな瞳。
悲しそうな顔。
『その子を好きになると、
もっと苦しくなるよ』
悠の呼吸が止まる。
「……っ」
「朝比奈くん?」
ひかりが不思議そうに首を傾げる。
もちろん、
彼女には見えていない。
白い少女も。
空の輪も。
世界のノイズも。
でも。
悠には分かってしまった。
自分だけが、
“違う世界”を見始めている。
◆
次の瞬間。
白い少女が、
ゆっくり口を開く。
『君はまた、
同じ選択をするの?』
その言葉と同時に。
悠の頭へ、
大量の映像が流れ込んできた。
雪。
夕暮れ。
泣いている少女。
遠ざかる背中。
届かなかった手。
『ごめんね』
誰かの声。
胸が締め付けられる。
「――ッ!!」
悠が頭を押さえる。
「え!? 大丈夫!?」
ひかりが慌てて近づく。
その瞬間。
悠の視界が、
一瞬だけ重なった。
教室ではない。
知らない場所。
雪の街。
大人になった自分。
そして――
隣で泣いている、ひかり。
『もう疲れたよ……』
絶望した声。
薬指には指輪。
崩れていく家庭。
冷え切った部屋。
沈黙。
孤独。
「……やめろ……」
悠が震える。
すると映像は消えた。
教室へ戻る。
でも。
胸の痛みだけが残っていた。
◆
「朝比奈くん、
本当に顔色悪いよ……」
ひかりが心配そうに言う。
優しい声。
温かい。
なのに――
悠は怖くなった。
未来が見えてしまったから。
この人を好きになった先に、
苦しみがある。
そんな気がしてしまった。
「……ごめん」
悠が小さく呟く。
「え?」
「今日はもう帰る」
「え、待って」
ひかりが手を掴む。
その瞬間。
ブゥゥゥゥン――。
強烈な振動音。
悠の視界へ、
彼女の感情波紋が流れ込む。
『離れてほしくない』
『この人を失いたくない』
『なんでこんな気になるの』
淡いピンク色。
でもその奥には、
深い孤独。
悠の胸が痛む。
苦しい。
でも。
なぜか離れられない。
◆
その時。
窓の外で、
巨大な黒い輪が強く回転した。
ゴォォォォ……。
空が歪む。
すると。
教室中へ、
黒いノイズが流れ込み始めた。
『比較』
『嫉妬』
『所有』
『執着』
冷たい機械音。
同時に。
悠には見えてしまう。
ひかりの背後へ、
黒い影が絡みつく姿。
顔のない存在。
ニタニタ笑っている。
「……っ!!」
悠は反射的に、
ひかりの手を振り払った。
「え……」
ひかりの表情が傷つく。
『やっぱり私なんか……』
青色の孤独が広がる。
悠の胸が締め付けられる。
「ちが……」
言葉が出ない。
その時。
白い少女が、
静かに呟いた。
『感情は、
愛へも呪いへも変わる』
◆
雪が降る。
静かな教室。
でも。
悠の耳には、
世界中のノイズが響いていた。
『愛されたい』
『認められたい』
『捨てられたくない』
人の感情は、
あまりにも脆い。
そして。
その感情を、
“何か”が利用している。
悠は窓の外を見る。
空。
巨大な黒い輪。
その中心で――
無数の“目”が、
ゆっくり開いた。
『対象、
感情共鳴を確認』
『恋愛接続、
開始』
