
人は、
集団になると、
少しずつ本音を隠す。
でも。
隠した感情は消えない。
見えない場所で、
ずっと誰かを傷つけ続ける。
◆
数日後。
朝比奈悠は、
学校へ戻っていた。
冬の朝。
校門。
制服姿の生徒たち。
笑い声。
スマホ。
いつもの景色。
なのに。
悠には、
まるで別世界に見えた。
ザワザワザワ……。
耳鳴りみたいなノイズ。
人が多い。
感情が多すぎる。
『めんどくさい』
『学校ダルい』
『あの子うざい』
『嫌われたくない』
『死にたい』
無数の本音が、
頭の中へ流れ込んでくる。
「……っ」
悠は思わず立ち止まった。
息が浅い。
気持ち悪い。
周囲の空気が、
ドロドロして見える。
「朝比奈?」
声がした。
クラスメイトの男子、
宮坂蓮。
「もう大丈夫なの?」
「……うん」
悠は無理やり笑う。
すると。
蓮の周囲から、
灰色の波紋が広がっていた。
『気まずい』
『なんて話せばいい』
『病んでそう』
悠の胸が少し痛む。
悪意じゃない。
でも。
本音は、
ちゃんと存在している。
それが苦しかった。
◆
教室のドアを開ける。
瞬間。
ノイズが爆発した。
ギャハハッ。
笑い声。
机の音。
椅子を引く音。
スマホの通知。
感情。
視線。
嫉妬。
不安。
孤独。
全部が一気に押し寄せる。
「――ッ!!」
悠は頭を押さえた。
すると。
一瞬だけ。
教室中の人間から、
黒い糸みたいなものが伸びているのが見えた。
天井へ。
空へ。
巨大な“輪”へ。
『感情供給、安定』
『群体同期、正常』
低い声。
機械みたいな反響音。
悠の背筋が凍る。
「朝比奈?」
誰かが心配そうに覗き込む。
現実へ戻る。
糸は消えていた。
「……だ、大丈夫」
全然大丈夫じゃなかった。
◆
席へ座る。
窓際の後ろ。
でも落ち着かない。
周囲の感情が、
ずっと流れ込んでくる。
『彼氏ほしい』
『将来不安』
『あの先生キモい』
『帰りたい』
悠は俯いた。
みんな笑っているのに。
本当は、
全然楽しそうじゃない。
その時。
「朝比奈くん」
女の子の声。
悠が顔を上げる。
そこにいたのは――
橘ひかり。
明るい茶色の髪。
柔らかい笑顔。
クラスでも人気者の女子。
「体調もう平気?」
「……あ、うん」
「よかったぁ」
ひかりが笑う。
その瞬間。
悠は見てしまった。
彼女の周囲。
淡いピンク色の波紋。
でもその奥に。
深い青色の孤独。
『嫌われたくない』
『一人になりたくない』
『本当はずっと苦しい』
悠の胸がざわつく。
笑顔なのに。
無理してる。
分かってしまう。
「……朝比奈くん?」
「え?」
「なんか顔色悪いよ?」
ひかりが心配そうに覗き込む。
その瞬間。
悠の頭へ、
知らない映像が流れ込んだ。
夕暮れ。
泣いている少女。
雪。
遠ざかる背中。
そして。
『今度こそ、
見つけてね』
「――ッ!!」
悠が椅子から立ち上がる。
教室中が静まった。
「え?」
「どうしたの?」
周囲の視線。
ノイズ。
感情。
一気に押し寄せる。
『空気やば』
『怖……』
『変なやつ』
『かわいそう』
「……っ」
悠の呼吸が乱れる。
その時。
窓の外。
冬空の向こう側に。
巨大な“目”が、
ゆっくり開いた。
ギョロリ。
『対象、
集団適応不全を確認』
『孤立段階へ移行』
「やめろ……!!」
悠が叫ぶ。
教室が凍りつく。
そして。
悠だけには見えていた。
クラス全員の頭上に、
黒い糸が繋がっているのを。
まるで。
誰かに操られているみたいに。
