1995年1月17日。
阪神淡路大震災。
私は、神戸市須磨区北部で被災し、自宅は全壊しました。
あの日、朝の暗闇の中で、
「日常」というものが、一瞬で崩れ落ちる音を、身体で覚えています。
怖かった。
悔しかった。
そして、生きていること自体が、奇跡だと知った日でした。
あれから30年近くが経ちました。
街は復興し、風景は変わりました。
でも――
いのちを守る選択の重さだけは、今も変わっていません。
私は今、
一般社団法人 いのちを守る@プロジェクトJAPAN(IMPJ)の代表理事として、
「防災」を知識やマニュアルではなく、いのちの教育として伝える活動を続けています。
災害は、いつも「想定外」の顔でやってきます。
だからこそ必要なのは、
・知識
・体験
・想像力
この三つを重ねた脳内訓練です。
1月17日は、
ただ過去を悼む日ではありません。
次の一人のいのちを守るために、何を想像できるか。
どんな選択ができるかを、静かに問い直す日だと、私は思っています。
あの日を知らない世代へ。
あの日を知る私たちから。
忘れない。
語り続ける。
そして、いのちを守る力を、次へつなぐ。
――高貝正芳
(阪神淡路大震災 被災者/IMPJ代表理事)