何度カリギュラを観ても
何度カリギュラを読んでも
やっぱりまだまだ理解できない。
わからないんですよ。
カリギュラが何を望んでいたのか
カリギュラが何を願っていたのか
本当に求めていたのは何か
わからないんです。
とてもじゃないけど、簡単なことじゃない。
本当に求めていたものが何か、わからないんです。
シピオンがいてケレアがいて
エリコンがいてセゾニアがいて
受け入れてくれた人と理解しようとしてくれた人と愛してくれた人と対立した人。
でも、本当はどうなのかなって。
こんな単純な関係じゃない気がする。
アルベール・カミュというひとが表現しようとしたカリギュラって‥‥
答えは、どうにも見つかりそうにありません。
いや、カリギュラは死んでいない。
彼はここにも、あそこにもいる。
カリギュラはきみたちひとりひとりのなかにいる。
もしきみに権力が与えられ、もしきみに心があり、もしきみが人生を愛しているなら、きみは、彼、すなわちきみがきみ自身のなかに持ち運んでいるこの怪物あるいはこの天使が荒れ狂うのを、見ることになるだろう。
われわれの時代は、[美や善や正義といった]もろもろの価値を信じたために、そしてまた、ものごとは美しくあることが可能で、不条理であるのをやめることが可能だと信じたために、死ぬ。
お別れだ。
わたしはふたたび歴史のなかに戻る。
わたしはそこに、もうながいこと、あまりにも愛しすぎるのは怖いとおそれている人々によって、閉じこめられているのだ。
ユーリ