初めて、ピースピットという劇団の舞台に行きました。
ピースピットvol.10「TRUMP」
不死の力を失った吸血種「ヴァンプ」と不死の力をもった最初の吸血種「TRUMP」と。
若いヴァンプたちの、入り乱れ錯綜する思惑。
詳しい内容はぜひピースピットのHPでご確認を。
http://www.peacepit.net/
19日の「TRUMP」はリバースキャスト。
その後の公演はそれぞれ正キャストとリバースキャストの混ぜ状態。
ということで、19日と21日のマチソワの3公演観劇によって、すべて観ることができました!
対になっているそれぞれの役を入れ替える‥キャストさんによっていろいろと変わります。
キャストさんによって、私自身の見る視点も変わるし。
観劇の中で多方面から観ることができたわけで。
だからこそ、いろんなキャラの背景とか思いとかを考える結果となりました。
全部のキャラについて‥‥というわけにもいかないので、一部のキャラだけでも。
そしてとてつもなく長くなりそうです(苦笑)
ただ、私自身の解釈なので、そのあたりはいろいろと違うかもしれません。
それでもいい場合のみ、どうぞご覧ください。
読んだ後の苦情等は受け付けておりませんのでご了承くださいませ。
●アンジェリコ●
比較的「この子悪いから嫌い」と言われがちなキャラだと思う。けれど、すべて見終わった後のこの子の印象は「可哀相な子なんだな」って。アンジェリコから連想させられたのはHarry Potterのドラコ・マルフォイ。それで何となくはわかってもらえるような気がしますが‥‥
アンジェリコを支えているのは、貴族としての矜恃と自分の家よりも上位にあるデリコ家へのコンプレックス。むしろ、デリコ家へのコンプレックスと言うよりも、年齢の近い(?)ラファエロへのコンプレックスだったと思いますが。
上位貴族の子息として、常に他の誰よりも優秀であるように求められ、誰かの下になることなど許されなかった。いずれは血盟議会を統べる者となるよう、そのプレッシャーの下に育てられたのだろうと。
その象徴が、ジョルジュとモローの存在で、ラファエルへの対抗心。
けれど、どうしようもない差ってのはあるもので、ラファエロにはラファエロの進む道があって、そのためにはアンジェリコを視界にいれる余地なんてなかった。それがアンジェリコにとって許し難いこと。矜恃とプレッシャーの中で、すべてを自分の下におくことでしか自己を守れなかった。
誰もがラファエロを認めるのに、自分を認めない。
誰もが自分の下にはついてくれないために、咬んでイニシアチブを取るしかなかった。手段を選ぶことなどできなかった。親の愛情を手にするために、期待というプレッシャーにつぶされないために、手段を選ぶことなどできない。
その結果の彼の行動であり、彼の心の中の闇。
イニシアチブを取ることでラファエロやウルの上位に立とうとしたし、勝利を得たかった。でも、彼らがそれでアンジェリコに跪くことはなく、アンジェリコ自身が自分の心の闇にとらわれて堕ちていく。ちょっと我が儘でプライドが高いけど、場合によってはいい子だと思う。ジョルジュとモローだって、アンジェリコに無理矢理イニシアチブを取られなくても、きっとアンジェリコのいい友人で取り巻きになっただろうにな。そんな彼は、きっと自分の生まれた環境と親の犠牲になったんだろうなって。そう思えば、可哀相な子なんだなあって思うわけです。
●ラファエロ●
なんといってもありがちなお兄ちゃんです(苦笑)
自分は正当な跡継ぎ。そしてどこにも漏らすことのできない秘密を抱えた弟。そんな弟を哀れに思いながらも、間違いなく自分の弟として愛している。だからこそ弟を守りたい。ある意味、重度のブラコンなわけですが。
一方、父親との関係。
自分はデリコ家の跡継ぎであり、それはこれからのヴァンプ世界を統べ守らなければいけない。それと同時に、弟の(デリコ家の)秘密もまもらなければいけない。父親から与えられている使命と期待。それは自分を認めて父親の跡継ぎとして認めてもらうためのものでもあり。尊敬しているし、自分を認めてほしい父親は、自分よりも弟を愛している。正当な跡継ぎである自分よりも、ダンピールである弟を愛している。父親の愛情を無条件に与えられている弟が憎い。けれど、それ以上に自分が弟を愛しているからこそ、弟を憎むなんてことは考えられない。
ラファエロ自身、きっとそのような葛藤が必ずあったはず。
父親と弟ので、自分の求めているものを満たすための葛藤。それが、結局上から弟を押さえつけてしまう関係に。本当は弟を愛していて溺愛したいのに、父の期待を裏切ることはできないという自制の下で、力でしか示すことができない。弟のウルからしてみれば、まさか兄に愛されているとは思えない。兄弟間の気持ちのすれ違いが、報われないなあ。さらには、必死で弟を守ろうとしているのに、何もかもが空回り。それをソフィの所為にしかできなくて、もっともっと弟とはすれ違うばかり。父親からも失望されて、ラファエロ自身も弟への愛故に闇に堕ちていくしかなかった。もっと環境が違っていれば、弟を溺愛するとっても鬱陶しい愛すべきお兄ちゃんだったんだろうな(苦笑)
●ダリ卿●
なんだかんだといって、実は誰よりも我が儘でダメな大人の代表ですよね(笑)純血の貴族であることにこだわっているのに、なぜか人間の女性と交わって子どもを作っている。そのくせに、ダンピールである子どもを、ダンピールとして認めることができずに、嘘偽りでもって純血の子として育てている。それって、本当にダリ卿の我が儘でしかないんですよね。人間との間に子どもを作ったのは自分なのに、その子どもの生まれを認めることができない。ダンピールであることがダメなら、その子どもを生ませなければいい。あるいは、生まれても殺してしまえばいい。けれど、ダリ卿はそれができなかった。それどころか、純血の子であるラファエロよりも愛していた。きっと、ウルの母親も愛していたんだろうな。でなければ、ウルをそれほど愛することなんてできなかったと思うから。
けれどそれはダリ卿の甘さ。
ダンピールなど認めないといっている自分の立場と、人間の女性を愛してダンピールの息子を愛している自分。
見栄と建前と本音と。
それがラファエロを闇に堕としていくことになり、ウルを闇に堕としていくことになる。血盟議会の一員として、ヴァンプ一族を束ねる貴族として、その矜恃は理解できるけれど、本当に守るべきものを見いだせなかった人。古い体制を守って、新しくできなかった根本だと思います。でも、本来でいえば人とはそのようなものなんですよね。どんな力を持っていようとも、結局は人もヴァンプも同じような感情をもっているのですから。それまでの体制を変えること、一般世論を反することを当たり前のようにみとめることは、とても苦しいこと。それがダリ卿のような立場の人ならば、なおさらだろうなって思います。
●アレン●
彼に関しては、多くは語れない。
一言で言えば、純粋な男の子だったわけで。
純粋無垢な無邪気な男の子であるアレンと
古い体制をもつヴァンプ社会に対して反発しているわけではないけど、いやだと思っているアレンと
まさに繭期=思春期の中で揺れ動いている子だなって。揺れ動いていて、自分一人では何の力もまだないのに、妙な自信があるというか自分を曲げないところがあり。この時期の男の子の象徴だと思います。
だからこそ、彼の言葉はとても印象的です。生きる、ということを考えさせられたのは、間違いなく彼とウルとソフィのそれぞれのあり方‥だと思いました。
「みんな死んでいくのに自分だけ生き続けなくちゃいけないなんて寂しすぎるよ。僕は今を生きる」
「永遠の命なんて、いらないよ」
●クラウス●
アレンが最期に「クラウスは寂しかったんだな」といったのが、すべてだと思います。
クラウスは不死の力をもった唯一のTRUMP。死ぬことの許されない存在。考えただけでも、気が狂いそうになります。だって、自分と一緒にいた人が、自分が愛した人が、自分を愛してくれた人が、みんな死んでいくのを見送らなければいけないんです。そして永劫会うことがかなわないんです。永遠に見送るだけ。失っていくだけなんです。それって、本当に哀しいですよ。
彼が永遠の時間をともに過ごしてくれる仲間がほしかったのもわかる。けれど、その所為で人間とヴァンプの間に争いが起こって、永遠の命を持ったヴァンプたちを消してしまうことしかできなかった。それ以来、ずっとずっと長い時間を一人で過ごしてきて‥‥初めて、自分で欲した相手(アレン)は人間の女を選び、永遠の命なんて選んでくれなくて、結局は人間に殺されて。
彼が闇に堕ちていくのは、必然だった。
ある日突然現れたソフィはアレンの愛した女のそっくりなのにアレンと同じ血のにおいがする。それをきっかけに、やっと平穏を得た彼の心が揺らがないはずがないんですよね。
呼び覚まされる闇。
ウルに永遠の命を与えなかったのもわかるし、ソフィに永遠の命を与えたのもわかる。
人間と終わることのない争いを起こした結果、消すことしかできなかった仲間への贖罪。
救うことのできなかったアレンへの贖罪。
彼はソフィを見ていたのではなく、ソフィの中のアレンを見ていただけ。ソフィとアレンを重ねて、アレンを助けたかったために望まぬソフィを助けて、闇に堕ちていった彼の笑みは絶望。闇のそこまで堕ちていった彼が望んでいるのは、自分を追いかけてくるソフィから逃げること。ソフィが追いかけてくることがわかっていて、わざとソフィの前から姿を消す。ソフィとの追いかけっこをゲームとして、果てしない長い永遠の時間を過ごすクラウス。
永遠の命を持つ彼は、あまりにも優しすぎて、あまりにも弱すぎた。どのようなカタチであれ、自分と共にその永遠の時間を過ごしてくれる相手を求めたのは、必然であり彼の心。きっと死ぬことの許されない彼には、闇の底に堕ちてしまうしか選ぶ道はなかった。聖人君子でない限り、それはクラウスだけではなくてすべての存在にいえることなんだと思う。
●ウル●
どうして認めてあげることができなかったんだろう。
父親は自分という存在を認めてくれなかった。
父親に従順な兄も、ある意味では認めてくれなかった。
そして何よりも彼自身も自分という存在を認めることができなかった。
純血の家に生まれた自分は混血のダンピール。さらには繭期を生き抜くことはできないだろうと言われた彼がTRUMPを求めたのは、誰にでも理解できるんじゃないかと。もしも、彼がダンピールとして認めてもらい、愛情を受けて育ってきたのならばまた違ったのだろうけど。けれど、生まれてきたその瞬間から、ダンピールであることを隠されて、純血として育てられて。嘘で塗り固められた時間をずっと過ごしてきたから、真実があってはいけなかったと思ってしまう。
そうでうよね。
嘘しか、偽りしか許されないのであれば、それを真実にしようと考えます。ウルが永遠の命を求めるきっかけになったのは、自分が長く生きられないとわかった所為もあるかもしれないけれど。でも、すくなくとも自分の存在を真実にしたいという思いはあったと思うんです。そのような思いを抱かせたのは親であるダリ卿であり、兄であるラファエロだったと思います。
誰もウルをウルとしてみなかったから。
デリコ家の一員としてしか見なかったから。
死にたくないという思いを抱くのは誰も同じ。
生きたいと思うのは誰も同じ。
だから、ウルがTRUMPを欲したのも永遠の命を欲したのも、よくわかる。
ただ、彼は自分の存在と命のためだけに、その後のことなんてどうでもいい。きっと、ウルは不死の力を得た後のことなんて考えられなかったはず。生きたいとだけを強く願っているからこそ、そのために求めていて。だから、本当にTRUMPに執着した気持ちもわかるし、TRUMPがソフィを選ぼうとしたときに、ソフィを殺そうとしたのもわかる。ソフィがTRUMPかもしれないといったときにダンピールであることを告白したウルを、抱きしめてあげたかった。すべての愛情を注いであげたかった。もし私がソフィだったなら、ウルのために不死の力を受け入れたと思う。クラウスから不死の力を与えられる条件に、ウルにも与えることを願ったと思う。
欲しいものが与えられなくて、自分の欲しいものは欲していないソフィに与えられようとしていて、半狂乱にならないはずがない。
ウルは家のために光に生きられなかった子。不死の力を得るにしても得ないにしても、闇に堕ちる道しかなかったと思うけど。
ウルにとって何が一番よい結末だったのか、私にはわからない。
ソフィに斬りかかったウルが、結局はソフィに剣を突き立てることができなかったのは、間違いなくソフィがウルにとって支えだったから。ウルにとって、もしかしたらソフィは光そのものだったのかもしれない。だから「生まれ変わったら、僕は君になりたい」と。あの言葉は、不死の力を得たいと思って出た言葉じゃない。最初にソフィに斬りかかるという裏切りを見せたのはウル。それなのに、ソフィはウルを助けようとした。そのソフィの優しさこそが、ウルにとっては光そのもの。ダンピールであることに卑屈にならず、ダンピールであることのすべてを受け入れて矜恃をもっていたソフィは、ウルにとって光そのもの。
光が強ければ強いほど、闇は濃くなる。
けれど、光と闇は、どちらか一方だけでは意味がない。
●ソフィ●
望まない力を、思いがけずに手に入れることになってしまった彼は、すべての闇を受け入れた光。
4500年という年月をただひたすらに、クラウスを追いかけることで過ごしてきた彼は、すべてを許していると思った。確かに最初は、自分に不死の力を与えるだけ与えて姿を消したクラウスを、憎んでいたかもしれない。けれど、自分も果てしない時間を過ごすうちに、クラウスの思いが理解できたんだろうな。自分がクラウスを捕まえたときには、永久に続くはずの生が終わるとき。ソフィ自身は永遠に生きることを望んでいるわけではないけれど、生を終えたいと思っているけれど、そうすればまたクラウスはひとりぼっちになってしまう。クラウスはソフィから逃げ続け、ソフィはクラウスを追い続ける。そうすることで二人は永遠に続く時間を過ごしていくんだなって。今までずっとひとりぼっちだったクラウスにとって、この追いかけっこはゲームであり生きていくために必要なもの。ソフィはきっとそれを理解したからこそ、ずっとずっとクラウスを追いかけ続けている。自分のイニシアチブを持っていて、彼が死ぬことを許してくれない限りには死ねないとしても、本当に死ぬためにクラウスを探しているのではなくて、クラウスと永遠の時間を過ごすために追いかけっこをしている。
クラウスにとってソフィはアレンだったからこそ。
ソフィがいたからこそ、クラウスとウルの闇が大きくなったのだろうし、だからこそラファエロとアンジェリコの闇が大きくなったのだろうし。ソフィという存在は、光そのものだったからこその崩壊だったのかな。そういう意味では、アレンもまた光だったのだろうけれど。
光と闇は共にあらなければいけないものなのに、共にあるということがこんなにも難しい。
ソフィとウルの存在は、まさに光と闇そのものだった。
ただ、最初から光だった訳じゃない。ソフィにも闇があった。
ダンピールであるためにいわれのないいじめを受けたり認めてもらえない苛立ち。短いであろう自分の人生。
迷いも苦しみも悲しみもたくさんあったはず。それは、ダンピールだからこそ多くあったはず。ただ、ソフィはそれを乗り越える力があった。乗り越えることができるだけの強い心を持っていた。だからこそ、光となり得た。
欲しくもなかった永遠の命を与えられても、クラウスを憎んで憎んで憎んでいるわけではない。
永遠の命が欲しいために自分に斬りかかってきたウルを、憎むことなどなかった。
それどころかウルを死なせたくなかった、助けたかった。
ソフィは優しく、そして強い。
だからこそ、彼は光。
ウルが死ぬ間際、闇に堕ちきらなかったのはソフィのおかげ。もしもクラウスに永遠の命を与えられることがなければ、ソフィはウルと共に死ぬことを願っていたと思う。ウルのために、自分も一緒に死んでもいいと、そう思っていたと思う。でなければ、ウルの命を助けようとなんてしなかっただろうから。
すべての闇を受け入れる器たる存在‥とでもいうべきか。
「TRUMP」を見て、考えたのはやっぱり「生きる」ということかな。
それぞれが「生きる」ということに対して対照的な思いを抱いていたり運命をもっていたりして。
ヴァンプの頂点にあり不死の力を持っているクラウス
永遠に生きるよりも愛する人と今を生きることを選んだアレン
繭期を越えるために永遠の命を欲したウル
自分が自分としての運命のすべてを受け入れていたソフィ
答えは簡単なんかじゃない。
誰もが死ぬのは怖い。
死にたくない。
けれど、永遠に生き続けなければいけないなんて、そんなの辛すぎる。
失うことしかできない時間を過ごしていくなんて。
たくさんの大切なもの失うために生きていくなんて、辛すぎる。
それならば生きなくてもいい、ときっと思う。
きっと、制限時間があるからこそ精一杯生きる。
そうやって精一杯生きるからこそ、生きていることがすばらしいことだと思える。
どんなに辛いことや苦しいことや哀しいことがあっても、乗り越えられる。
もしも私がクラウスの立場であるなら、間違いなく闇の底に堕ちる。
闇の底に堕ちなければ、永遠の時間を過ごすなんてできやしない。
生きると言うことは、あまりにも難しい。
ただ今はそう思う。
それにしても「TRUMP」を観ることができて、本当によかった。
半ば強引にさそってくれた祥子さんに、本当に感謝。
「TRUMP」という作品を生み出してくれた末満さんに感謝。
「TRUMP」を演じてくれたキャストの皆さんに感謝。
19日の公演だけではなくちゃんとリバースも観たいと思わしてくれた、ソフィでもウルでも泣かせてくれたゆーた君に感謝。
キャストさんもスタッフさんも「TRUMP」公演お疲れ様でした。
本当にいい作品に出会えたと思います。
キャストの皆さん、ありがとうございました。
ピースピットの関係者の皆さん、ありがとうございました。
秋華