これはあまりに短すぎた『時間』のお話...



わたしは...


今もおぼえている...


あの日、この地で出会った一人の男の事を...


微笑むことしか知らなかったわたしに...


重い悲しみと


もう一つの感情を教えてくれた人...


彼との出逢いが、わたしの何かを変えてくれたんだと


今でも想う...


...


...


...


...


あの時の彼の照れたような


はにかんだような笑みがあまりにも


頼りなかったからか...


他に理由があったのかわからないが


わたしはこの不思議な彼に


まるで眠りに入るみたいに惹かれていった...


その感情は初めてで...


彼と過ごした三ヶ月以外


感じた事はもうない...


...


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...


あの夜、彼がうなされて誰かの名前を


何度も何度も呼んでた...


わたしは我慢できず


『◯◯って誰なの?泣いてたよ、あなた...』


...


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...


彼はハッとした顔をしてわたしを睨むようにみて


『何も覚えてない...ごめん...』


...


...


そう言って背中を向けた彼の背中が


すごく小さく見えた...


...


...


恥ずかしかった...


悔しかった...


彼にはわたしは一歩も踏み込めない...


何もしてあげれてなかったんだ...


...


...


それでも彼は優しく


わたしはあと半月で東京に戻る彼との時間を


大事に大事に過ごした...


わたしは教師の仕事も捨てて


何もかも捨てて


彼に『付いて生きたい...』と


最後の夜に言ってしまい


感情が溢れ出て泣いてしまった...


...


...


彼は困ったような


泣いてるような


そんな笑い顔で...


『あの夜の◯◯って誰って話、覚えてる?』


私は『うん、覚えてるよ...』


『あれはね、惚れぬいた女の名前だったんだ...』


『...わかってたよ...』


『あ、あいつはね、笑うと君みたいに小さなエクボが出来てね...』


わたしは涙が止まらず『うん、うん...』


『それなのに、それなのに俺は...』


...


...


...


...


そう言うと彼は


ただわたしの腕の中で泣いていました...


わたしは何も出来ず


ただ一緒に泣いて彼を抱くだけでした...


...


...


...


...


別れの日、彼と初めて写真を撮った...


二人とも泣き腫らした顔で...


ほんとに最悪で笑ってしまう...


...


...


...


...


わたしは...今もおぼえている...


少し灰色がかった鉛のような悲しみを


その瞳にたたえた彼を...


...


...


彼が、あれからどうゆう生を歩んだとしても...


わたしの胸の内に


あの寂しい微笑みはいつまでも生き続けている...


...


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...


六月の雨の季節に...


教室の外から見えるハイドランジアは


わたしにとって...


彼の声や、彼の瞳...


あの一瞬を閉じ込めた『永遠』なんだと...


...


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...


...


これはわたしだけの恋文...


生涯、わたし達だけの秘密の恋文...