日本文学の歴史第6巻/角川書店を読んで | 大人だってピアノの稽古

大人だってピアノの稽古

阿羅漢になって、時間だけは十分できました。ピアノの稽古を再々開します。そして、それに関連したこと、関心のあることなど、書き綴って参ります。

履かされし どの下駄も皆 高過ぎて
 つまずきのめり  こけて倒れて
 
鎌倉時代最後期~江戸時代最初期の事が語られています。
 
「この大山祇神社には…文安二年から寛文十一に至る二百二十余年に亘って、二八〇余巻にもあまる連歌の資料が懐紙のままで保存されている」
※我が出身町の神社ですが、武具甲冑の宝庫として著名なのは知っていましたが、連歌に関しては初耳です。
 
「人々の歩みにつれて、自然に道が生まれてくる。…室町時代にはあらゆるとろに道があらわれてきた。芸能の領域でもその道理は、やがて芸道として理解されたのである」
※禅がベースになっていると思って来ましたが、、、。
 
「平安時代には、歌に花と言えばしばしば桜を意味していた」
※その時代は、梅から桜への端境期?
 
「俳句に季題が無くてはならぬとする理由は、連歌から始まっている」
※季題=季語は、花なら、その花が咲く季節としてはワールドワイドですが、行事に関してはナンセンスになり得ますね。例えばクリスマスの季節感は、オーストラリアと日本では逆です。
 
「義経の首は、藤沢市坂戸町の小高い丘陵に埋めたと言われ、丘陵に鎮座する白旗明神社は義経の霊を祭ると言う」
※灯台下暗し。所沢時代、江の島によくサイクリングやライディングをしました。サイクリングは神社のすぐ東の境川経由なので分かりませんでしたが、ライディングは「白旗神社」の信号名のある交差点を経由しました。でもスルー; 今度通過する時はお参りして来ます。
 
「数寄とは好きの仮字」
 
「たとい一子たりと伝ふとも、不器量の者には伝ふべからず」
※能の秘伝の重さを言っています。更に更に天◯に於いてをや、ですね。"ポンコツ"じゃだめしょ。
 
「君のため世のため何か惜しからむ捨てて甲斐ある命なりせば」(宗良親王)
※作者は知りませんでしたが、この歌はよく知っていました。「憂きことのなおこの上に積れかし限りある身の力試さん」(熊沢蕃山)の歌と共に。でも前者は、先の大戦で、国民の士気をあおるために大いに利用されました。
 
「連歌を玩ぶ人、不祈而仏神の内証に叶ひ、行せずして仏道に至るなり」
※凄い心意気! 心だに誠の道にかなひなばいのらずとても神やまもらむ(菅原道真)に、通じるものがありますね。