あるべきは 自己本位より 民本位
皇嗣殿下は 不適ならずや
平安時代末期~鎌倉時代初期の文学について述べられています。
「政権を奪われた天皇の私生活は、享楽と耽美と退廃の度を加えた。特に病弱で、笛を良くし、和歌を作り、女房艶書合わせと言うような催しを自ら主宰した堀河天皇の宮廷が、いかなる雰囲気にあったかは、容易に察せられよう」
※権威があっても権力がない点では、現天皇と同じですね。凛とせず、5年にも及ぶ正解・正答の兆しすら見えない㏍問題も、退廃した宮廷のなせる業でしょうか? 天皇はポンコツかどうかではなく血統だ、なんて水島社長など男系天皇支持者らが言っていますね。天皇は日本の象徴なので、天皇がポンコツって事は日本がポンコツって事になりますが、それでもいいって事? 昔血液型学習法なんて教材があったり、今も血液型性格占いなんてのがありますが、今では科学的に、両者に相関関係はない、と結論付けられていますね。そんな中、血統云々にどんな意義が、、、? 私は「氏より育ち」派なので、仁徳者優先です。
「『大鏡』の作者…が興味を持ったのは、口伝や語りの集成―逸話や説話を積み重ねながら歴史を紡ぎだしていく修史の方法であった」
※正史と違って面白味は増すと思いますが、盛ったり削ったりで、、、。大河ドラマなどは、多分にこちらではないでしょうか?
「この御堂(無量寿院)の夫を、しきりに召す事こそは、人は堪へがたげに申すめれ。『大鏡』」
※道長の来世の安楽のためのそれは、多くの人々の犠牲の上に築かれたって事です。昔の大古墳群、昨今の箱物行政も同様ですね。後者は、血税ですが。
「(白河上皇が)天下の政をとること五十七年、意に任せ、法に関わらず、叙位除目を行われた。…(鳥羽上皇の)法皇の朝廷に臨み給う事十七年、その政、多く不道、上は天の心にたがい、下は人の望みに背く」
※そんな血統が、今に、未来に続いてもね;
「日光に家康廟を造る動機の一つに補陀洛信仰があった。補陀洛山は二荒山と転化し、その音読は日光の名を生んだ」
※日光は二荒より結構です。
「おでんは田楽の略称である」
※田楽は、田植えの時のお囃し。その演目に、人が棒につかまって飛んで歩く曲芸があり、それが豆腐に串刺ししたのに似ているから、それも田楽と言い、おでんは田植えの時の料理由来です。以前、東京から秩父にサイクリングした時、途中の道沿いの小さな食べ物屋で、田楽と命名された料理を興味津々に初食したのが、印象深く残っています。