進化・・・ | impara521

進化・・・

自分がバイクに乗り出すきっかけになったのが


高校を卒業した年の2002年だった。


友達がバイクをくれると言うので見に行くと・・・


そこにはピンクと水色にペイントされたスーパーカブが置いてあった。


何人も乗り継いで、塗られて、ボロボロになっていた。



ダサいと直感し、もらうのをためらったが


ガソリンを入れてキックを何十回もすると、普通にエンジンは掛かった。



とりあえずもらうこととした。


家に帰ってまずしたことは、ペイント。


黒と部分的な所に赤を塗った。


それがはじめてのカスタムだった。




浜野BASE




ただの原付だが、どこまでも行ける気がした。


日本地図を開いて、実家の群馬から下宿先の京都までを定規で計り・・・


「行ける。」


何かを確信し、かなりの軽装で家を後にする。


それが航海、いや後悔の始まりだった。。。


定規では数センチの距離が、実際走るととてつもなく遠い。


走れども走れども目的地には着かない・・・


途中何度も挫折しそうになりながら、23時間後に到着。


そして人生で初めて気絶した。


それから絶対にバイクには乗らないと決めていたが


次の日には元気になり、普通に乗っていた。


約600キロ走った中で壊れたのは自分だけだった・・・。


おそるべし、スーパーカブと思った瞬間だった。


そして決意する。


改造すると・・・






何の知識も技術も無いが、ただ弄りたいという気持ちだけで


第一段階の状態までカスタムをした。




浜野BASE




初めてのカスタムで一人で喜んでいた。



そして、雑誌に投稿し、賞を何個か貰った。



それで調子に乗り第二段階のカスタムをはじめる。



さらにレベルが高くなったが、気合で問題をクリアー。



浜野BASE




少し伸びた車体が誇らしかった。



ただの原付が特別な原付になった気がした。



しかし、満足することは無く、次のステップへ。



次なる問題は解決するのに時間が掛かったが



ちょっとしたアイデアで完成まで至った。



浜野BASE





そんなある日、神が降りたかのような激しいイメージが浮かんだ。



しかし、イメージは出来ても形にすることが出来なかった・・・



この問題を解決する為に、広島へ向かった。



広島には偉大なる祖父がいた。



戦争を経験している為か、すごい精神力の持ち主で



自分の中での永遠のヒーローだ。



そんな祖父には溶接関係で力を借りた。



やはり自分ひとりで全てが出来るわけではない。



たまには人の手を借りることも必要になる。


そして、そこからは今までに無い試行錯誤の繰り返しとなる。



無知だった少年はいつしか訳の分からないものを完成させたのだった・・・。




浜野BASE

2004/11/22



この日をもってこのカブのカスタムの形は完成した。



バイクと共に自分も少しずつ進化して言ったのだった。


その後、現在までハンドルや各部の細かな変更のみとなっている。



現在は浜野Base にて展示してあるので



興味のある方はご来店下さいさせ。





ペタしてね