年末の話。

お正月の準備の合間に


事の始めは忘れちゃいましたが

父がどこか部屋の奥からゴソゴソ出してきました。









昔、
今の住まいの前の家、
父の生家での出来事。


父の生まれる少し前、
まだ生家周辺は電気の無い生活をしていたようで


どうやらコレは
電気を通す工事の色々を記録した物みたいです。









お祖父ちゃんは組合長で
記録をしていたんですね~.....φ(.. )




昭和廿年(二十年)

つまり1945年です。

6月3日の午後5時に通電したんですね~♪




1945年といえば太平洋戦争が終わった年


しかも「終戦の日(8月15日)のちょっと前です!









この頃はまだ「氣」の字を使っていたんですね~。

いつから「気」になったんだろう?







中を開いてみると・・・







酒、醤油、味噌、タマゴ・・・

タバコもありますねw


電気に関係ナイじゃない?
( ・◇・)?(・◇・ )



父の話(予想)だと、
昔は工事関係者(作業員など)の食事の世話は
地元の人が担当していたから
電気を通してもらう人達からの差し入れの事みたいですね。



「寸志」
この工事を担当した東京電力の社員に渡したみたいですね。








普通の「お米」の他に「モチ米」も差し入れられたんですねぇ。


「電氣屋人夫」は電気工事の作業員の事かな。





おお!

「ウドンコナ」 

うどん粉ってことは「中力粉」かな?





地元の人がうどんを打って振舞ったのでしょうか?

(いろいろ想像してみるw)




てか

「電柱代」って??

地元の人が払っていたの??


それとも
ただ「記録」として費用を書いただけなのかしら??




不明。







「入燈」

なんだか素敵な言葉☆彡


「にゅうとう」、文字変換で出てこなかったですけどねw




知らない昔の出来事

でもお祖父ちゃんが実際体験した事

そしてその字


とても楽しめました♪(‐^▽^‐)





ちなみに、

お祖父ちゃんはレヴィが4歳の時に亡くなっているのですが
とても可愛がってもらったのでよ~く覚えています(๑・‿・๑)

一緒に寝たり、駄菓子屋さんへ行ったり、
夜中トイレに行くのが怖い時に付き添ってくれたり^^


大人になってから聞いたのですが
どうやら顔がお祖父ちゃん似だったので

超・特別に可愛がってもらったようです。 (#⌒∇⌒#)ゞ エヘッ


本来は相当の「偏屈じじい」で
家族に煙たがられていたらしいので
残念ながら「お祖父ちゃん大好き」なのはレヴィだけみたいです・・・w