夕方、
15kmのジョギング。
タイムは1時間25分49秒。

午後6時で気温5度。

最近、精神の不調が
走りにも影響しています。
昨日もまともに走れず、
半分歩いての12km走で終わりました。
今日は歩くのは避けたかったので
ゆっくり走り、
なんとか15kmを走り通せました。

夕食後の満腹状態での体重測定。
体重67.6kg 体脂肪率19.0%

一昨日、土曜日に気分転換でもと、
いつものイオンモール橿原アルルまで
ドライブに出ました。

走っている途中に
あっ、そろそろ違うかで、
トリップメーターを
オドメーターに切り替えると
丁度100,000km表示になっていました。
1998年9月に新車購入し、
13年6ヶ月で10万km到達です。

2000年7月に前の会社を退職したあと、
まともな会社に再就職も出来ず、
居場所のない時を
一緒に過ごした車です。

10万kmの内、
3万2千kmを旅行で行った
北海道の大地を走りました。

日記を見てみると
初めて北海道に行ったのが
2000年7月でした。
それから北海道の魅力にとりつかれました。

日記で北海道に
車で行った日を調べてみました。



2000年7月5日~7月23日
19日間 3,000km走行
福井県敦賀←→小樽
往復、新日本海フェリー

初めての北海道旅行。
会社を辞め、
残っていた有給休暇を
利用しての旅行でした。
旅行中も給料が出ていました。



2001年7月31日~8月20日
21日間 3,500km走行
福井県敦賀←→小樽
往復、新日本海フェリー

1年間仕事を探しましたが
100社以上面接に行っても不採用でした。
仕方なく雇用保険の給付延長目的で
4月から職業訓練校に1年間通い始め、
その夏休み期間に行きました。
宿泊費を節約するために
6日間、車中泊しました。



2002年7月30日~8月12日
14日間 3,500km走行
福井県敦賀→小樽
行き、新日本海フェリー
帰り、車を置いて飛行機。

3月に1年間通った
職業訓練校を卒業(修了)し、
職探しの日々でした。
面接に行っては不採用の繰り返しで
駅のホームで快速が通過するのを見ていて
これに・・・
精神的に追い込まれていた時の旅行でした。
大阪で職が見つからないなら、
北海道で見つけるつもりで
帯広と、紋別のハローワークに行きました。
しかし年老いた両親を残して
単身、北海道に移るのも勝手に感じ諦めました。

上士幌でバルーンフェスティバルを見終わった後、
札幌に向け熱い走りをしていたら
トンネルの壁に車を突き刺してしまう
単独事故をおこしました。
ディーラーに車を預け
泣きながら飛行機で帰りました。
保険支払いで
修理費用150万円、
修理期間1ヶ月半でした。
体が無傷なのは幸運でした。



2004年7月30日~9月6日
39日間 6,000km走行
京都府舞鶴←→小樽
往復、新日本海フェリー

親に60万円借金をした時点で
まともな会社に勤めるのを諦め、
一年前から健康であれば
誰でも雇ってくれる職種で
正社員で働いていました。
正社員といっても
給料は完全歩合で
一応、最低保障はあるのですが
それを3ヶ月受けると
会社から
「君はこの仕事向いてないからやめて」
と言われます。
私は成績が少しだけ良く、
良くと言っても給料は時給にしたら、
1,500円程度しかなりません。
もちろん昇給、賞与、退職金もなく
アルバイトに毛が生えた程度で、
社会保険に入れるのが
有り難いくらいです。

旅行に行くのに辞める覚悟で
42日間の休暇届けを出しましたが、
「長いこと旅行にいくんやな。
気をつけて帰ってきてや」と
会社の責任者に言われただけで
文句一つ言われませんでした。

親に借金を返し、
とりあえず正社員で雇用もされ
今までと違う気持ちの旅行でした。
旅行から帰っても
する仕事があるのですから。

新日本海フェリーが
新造船を舞鶴~小樽間に就航しました。
カーフェリーでは世界最速、
大きさは日本最大です。
船のデッキで速度をGPSで測ると
全長200m超えの船が、
時速60kmを超えて、
日本海を突き進んでいました。

今回の旅行の主な目的は
日本初開催のWRC観戦です。
9月3日から3日間
帯広を基地にし開催されました。
私は1日から帯広に入り
前々夜祭から楽しみました。

旅行から帰り会社に行くと
責任者に
「よう日焼けして帰ってきたな。
あのな、休んだ分の給料はないんやけど、
社会保険料は半分払ってもらわなあかんねん、
払って」と言われ笑ってしまいました。



2005年からの分は明日書きます。