芋ス瑠偉の揶揄~妄想 -21ページ目

飲み会で喋ろっかなと考えてるテーマ

今回の飲み会テーマは、

①普段あまり語られない(自身が語りたがらない)「上京組が語る東京」

②リアルに将来どんな生活をしていたいか

③大学時代の総括

④今後どうしていきたいか

もう、土地や場所は関係なくなった

多感な時期を、文化の溢れた土地で過ごすことはとても大切だ。それは「自分は本当に何が好きなのか」を見極める期間だから。

東京で過ごした大学生活4年間。この月日の中で、自分はどんなテイスト、どんなスタイルが好きなのかがわかった。だからこそ、もう最先端を追う必要はなくなった。

東京にいる限りは、最先端のトレンドを身体で感じることができる。だけど、僕には最先端はもう必要ない。自分は何が好きかがわかったから。むしろ、それに気付いたなら都会から離れなきゃ好きなことを実現できやしない。文化が溢れているところは、お金が掛かる割りに、常人じゃモノにならないから。

地元に帰ったら、銀行で働きながらお金を貯めて、学生時代にはできなかったことをしよう。買えなかったモノを買おう。夢に描いていたことを実現しよう。すべては大学時代に培った感覚(センス)をベースに。

ただ、忘れちゃいけないことがある。いずれサイドビジネスを考えているのであれば、語学とインターネットサイトの構築とデザイン、そしてMacの操作と映像編集の勉強を怠ってはならない。常に目線は海外に置く。デザインのあるモノは必ず高値で売れる。商売をするには語学が必ず必要だ。それができればITを駆使して、どこでも事業は開始できる。

いま考えてること

・仕事について

最終的にDHLを蹴ったのは間違いではなかったと思う。確かに、今後の人生において仕事が占めるウェイトは大きい。できることなら、自分のやりたいと考えている仕事をできるのが理想だ。ただ、最後のところでやはり考えを妨げるのは地元の存在。どういう選択が最良なのかなんて、俺自身わからないし、誰にもわからないはず。ただ、ここで一度下野(げや)することも、自分の人生長くみたときに必要なのかなと思う。決して地元が好きなわけではないし、寧ろ(むしろ)帰るたびに不自由さを感じるから、半年後にはその地元に住んで生活し、尚且つ仕事を始めているとなると不思議な気持ちになる。地元で就職することを決めたとき、同時に東京を離れることが決まった。東京を去る日を想像すると、上京した日のことを思い出す。環境は人を成長させる、まさにその通りだと思う。
だが、ここ東京にそのままいることが自分にとって本当にベストなのか。確かにこの3年間、様々な人と出会い、自分自身も成長してきたつもりだ。でも、ひとつだけ失ったものがある。それは「ハングリーさ」だ。
田舎出身なくせに、東京に馴染んだ自分は、地元のことを多く語る田舎出身の人間を卑下するようになった。「そんなに地元のこと言って、どうするんだ。みっともない。」
そんな自分がこのまま東京で就職して、何かを掴めるのか。自問自答した。その結果、下野することに決めた。

友人は言った。
「型破りと型無しは別物だ。」何事においても言えるだろう。仕事においても、最初が一番肝心だ。最初は何も出来なくて当然だ、なんて甘い考えは社会へ出れば通用しない。他人より先に物事に気付き、考え、行動し、結果を出す。努力は他人に見せるものでも語るものでもない。隠れてするものだ。

それが出来て初めてサイドビジネスについて考え始める。
俺は一瞬の爆発的な集中力はあるが、残念ながら計画性と継続に関しては欠ける点が大いにある。仕事においては、一瞬の集中力ではどうしても対処できないときが必ずやってくるはずだ。その時こそ平素からの努力が実を結ぶときだ。その為に日々研鑽し続けることが必要だ。

俺は銀行の型を破る。だが、それをするためには型無しではいけない。伝統や以前から踏襲されてきたやり方を全て一度受け入れ、自分のものにした上で、新しい型を作る。
信頼される人物でありたい。


・仕事外について

技術を身につける。モノを作れる腕になる。いまの俺に生み出せるものは何もない。だからこそ、それを見つけて作るんだ、学ぶんだ。そして、社会から評価されるレベルにまで上げて、個人として評価されるまで諦めるな。

下野したら、何も無いことを大いに嘆け。ハングリーになれ。そして、死ぬまでにもう一度、東京で活躍している自分になれ。