最近、ある種の 新しい娯楽が増えてきたように感じる。
それは「エンタメをエンタメとして見ることができない人を見るエンタメ」だ。

ややこしいが 要するに、作品を真面目に批判している人たちを
さらに一段引いた視点から「そういう人もいるよね」と笑うという構造のエンタメだ。

物語の整合性、倫理観、社会的な影響。
本来フィクションの中で曖昧にされてきた リアルと虚構の境界を
妙に厳密に引こうとする人たちがいる。
それ自体は悪いことではないし、議論の材料として重要な場合もある。
けれどその真剣さそのものが いつのまにかコンテンツになってしまっている。

たとえば 作品のキャラに倫理的な行動を求める人。
ご都合主義の展開に怒りを覚える人。
フィクションに現実のジェンダー論を持ち込む人。
そうした批判者たちの声があがると
今度はその「過剰反応」自体を茶化すようなスレッドや動画が量産される。

すると何が起きるか?
本来の作品そっちのけで、
「誰が正しいか」「どっちが滑稽か」という批評の二次創作が始まる。
そして多くの人は その二次創作のほうに群がっていく。

つまり「批判者に対する批判」を眺めて楽しむという
もう一段メタな娯楽が出来上がっている。
しかもそれは一見、冷静で賢いポジションに見えるから
なおさら居心地がよくハマってしまう人も多い。

でもそれは結局、どちらも物語そのものを見ていない。
右でも左でもなく、真面目でも不真面目でもなく
ただ「ズレてる人を見て安心したい」という欲望に支配されているだけだ。

そんな視線のあり方こそが、
今のネット時代のエンタメ地層の深さを物語っているように思う。