重甲と老太太が口論の末に決裂した後、老太太の容体が急変します。
一族が老太太の部屋へ駆けつけ、扉の向こうで見守るなか、阿四だけが枕元に呼ばれます。
老太太は、阿四にすべてを打ち明けます。
・本当は最初から偽物だと気づいていたこと
・それでもなお、重光の死を直視するのが怖く、現状に甘んじたこと
・玉堂の阿四への依存に気づきつつも、息子可愛さから、自分は何も知らぬふりをし続けたこと
・玉堂の死後は、この嘘を終わらせようとしたこと
・阿四が舒云や少白と協力し、李家を通じて革命党を支援していることも知っていたこと
――老太太は、すべてを語ってくれました。
そして、そのうえでなお、
「お前が李重光ならば、お前は私の孫だ。この家をちゃんと背負っていけるならば、この家を任せる」
と念を押し、
李家を重甲ではなく重光、つまり阿四のほうに託します。
ただし、李家を任せる条件として、阿四には「重甲をよく見守ること」が課されました。
老太太は阿四に、こう言います。
「あの子を善い方へ導いて、まっとうな人間になるよう諭してやっておくれ。どうしても駄目だったとしても、あの子とは敵対しちゃいけないよ」
これは、阿四に重甲の更生を望んだ言葉ではありません。
老太太から見て、重甲はできすぎた孫であり、そこに更生の余地などありません。
しかし、だからこそ心配でした。
重甲は、その優しさと理想の高さゆえに、あらゆる人間に情を向け、すべてを救おうとしてしまいます。
「善い方」だけを選び取ることのできない危うさがありました。
つまり、老太太の真意は、夏荷に重甲の見守り役を託したときと同じです。
彼女は、
「阿四の善良さをもってすれば、重甲がいかに善良であるかもよく分かるはずだ。重甲を疑い、彼を見誤ることはないだろう」
――そう見込んだからこそ、阿四に重甲を託したのです。
こうして阿四は、老太太から李家の孫として認められ、すべてを託されました――かのように見えます。
しかし、実際は違います。
なぜなら、最後まで老太太の口から「阿四」の名が出ることはなかったからです。
この点は非常に重要です。
老太太は、阿四本人には何も継がせていなかったのです。
彼女はあくまで、「重光としての役割が続くかぎりは、お前に李家を任せる」という前提で、阿四にすべてを託していました。
「王阿四」を孫として認めたわけではなかったのです。
このことについては、後述の補足コラムで詳しく解説しています。
――ともあれ、老太太は「重光」に李家と重甲を託し、「ああ、これで安心した」と安堵します。
そして最後に、
「重光、もう一度『月光光』を歌っておくれ。覚えてるね。『床』じゃなくて、『糖』と歌うんだよ」
と頼み、阿四の歌う子守唄を聞きながら、息を引き取ります。
葬儀では、重甲ではなく、家長である阿四が老太太の遺影を掲げ、行列の先頭に立ちました。
こうして、老太太は李家を去りました。
ここでいったん本編から離れ、老太太の死の意味について振り返ってみましょう。
彼女は、重甲と決裂し、失意のなかで亡くなったのでしょうか。
それは違います。
むしろ正反対で、その死は非常に満ち足りた、幸福なものであったと私は考えています。
なぜなら、この決裂によって、重甲は「李家の孫」から「大房の当主」へと成長し、次世代への継承が完了したからです。
ーーそう、今回の決裂は「大房継承の儀式」だったのです。
41話で老太太は、重甲から李家に関する一切の権限を取り上げました。
阿四を正式な当主とし、帳房や仕入れなど、重甲が担っていた仕事を舒云へ移すことで、重甲には何も背負わせない。
前回の記事でも説明したとおり、これは重甲への冷遇ではなく、老太太による究極の過保護でした。
しかし重甲は、この庇護を拒絶します。
「あなたの決定には従う。だが、私はその庇護を受け取らない」
――重甲は39話ですでに、老太太の遺言に従うと約束しています。
つまり、彼は実際に老太太の方針を覆せるとは考えていませんでした。
それでもなお、自らの意思を主張することだけは、最後まで譲らなかったのです。
この反抗を受けて、老太太は結婚式の日に、重甲の亡き父が李家を取り仕切っていた頃の印信を重甲に渡します。
これは、単なる形見ではありません。
老太太自身が、重甲の父は二十歳のときにはすでに印章を託され、実際に李家を担っていた人物だったと語っています。
つまり、「大房の継承」を象徴する品が、このときになって初めて重甲へ渡されたのです。
老太太は同時に、父と同じ轍を踏むなと忠告します。
しかし重甲は、やはりその忠告に従うことなく、なおも老太太の庇護を拒絶し、大房の側に立ちました。
重甲はもはや、「老太太に守られる李家の長孫」ではありませんでした。
その立場にとどまることを、自ら拒否したのです。
あの瞬間、重甲は亡き父の位置を引き継ぎ、大房を背負う者になっていたのです。
つまり、この決裂は、祖母と孫の単なる喧嘩ではありません。
重甲が「李家の孫」から「大房の当主」へ移るための、継承儀礼だったのです。
だからこそ、老太太はこの42話で亡くなります。
重甲はもう、彼女が庇護し続けなければならない子供ではありません。
自らの意思で老太太に反抗し、その庇護を拒み、父の印信を受け取り、大房を背負うところまで成長しました。
老太太の役目は、ここで終わったのです。
そして彼女の死後、遺言が執行され、李家は実際に分家します。
41話で、重甲は精神的に大房を継承しました。
そして42話では、大房が家制度の上でも独立し、重甲がその当主となりました。
継承が完了したから老太太は死に、老太太が死んだから分家が始まる。
この順番には、そのような意味があったのです。
老太太との決裂によって、重甲が失ったのは祖母の庇護でした。
その代わりに得たのは、父がかつて立っていた場所です。
41話を境に、重甲は「父の息子」ではなくなり、重甲自身が第二の父になったのです。
以上のことから、老太太の死は失意の死ではなかったと言えます。
孫は、自分に反抗し、その庇護すら拒否できるほどに成長し、大房の継承も完了しました。
心配は最後まで残ったでしょう。
しかし彼女は、自分が守り続けてきた孫の成長を、きちんと見届けてから逝ったのです。
その最期は、非常に満ち足りたものだったと考えられます。
老太太の遺言が発表されます。
李家は分家し、財産は四つに分けられました。
家長である二房の重光に二、大房の重甲と念慈に一つずつ。
三房の玉庵には、八百畝(東京ドーム約11個分)もの広大な土地が残されました。
老太太は玉庵を勘当しましたが、やはり愛情は残っていました。
使い潰してしまう財産ではなく、土地を残してくれたのです。
重甲は、この分家と遺言に異を唱えることなく従います。
前述したように、老太太の生前に「遺言には従う」と約束していたからです。
しかし玉庵は、偽物である阿四に家産が渡ることに不満を抱き、
「この重光は偽物で、本当は単なる人力車夫だ」
と九叔祖に訴えます。
替え玉の真相を知らない九叔祖は、もちろん玉庵の訴えなど信じません。
こうして、「重光こそが各房を束ねる李家の家長である」ということは、各房の長老たちも公認する事実となりました。
「阿四を重光として家長に据え、矢面に立たせる」というstand inの構造は、老太太の生前よりも強固なものとなります。
この遺言は、区肇新を大いに喜ばせました。
単に「娘婿が財産をたくさんもらった」からではありません。
分家によって各房の財産と責任が切り分けられた一方で、李家全体の家長の地位と、対外的な看板としての役割は、重光が担うことになったからです。
区肇新にとっては、李家そのものを掌握したも同然でした。
老太太の目がなくなったこともあり、区肇新は重甲を副総弁として製造局に呼び戻します。
もちろん、これは重甲への執着心からであり、彼を自分の手元に繋ぎ止めておくためです。
舒云は、この呼び戻しに困惑します。
なぜ父は、ここまで重甲をそばに置きたがるのでしょうか……?
重甲は「李家を出てゆく」と騒ぎ立てます。
しかし、彼は本当に出ていこうとしていたわけではありません。
本気ならば、周囲に悟られないよう、置き手紙を残して密かに李家を出るほうが確実ではないでしょうか。
つまり、重甲も阿四と同じでした。老太太の死を受け、悲嘆に暮れていたのです。
この家出騒動は、感情の行き場を失った重甲の突発的な行動にすぎませんでした。
その証拠に、彼はこの後、あっさりと家を出るのをやめています。
阿四は重甲に、区肇新が彼を製造局に呼び戻そうとしていることを伝えます。
重甲は区肇新の真意に気づいているからこそ、
「もう疲れた。こういう事には関わりたくない」と、疲弊した様子を見せます。
重甲は、区肇新・鉄山・少白の三人が自分に複雑な私情を抱き、製造局を通じて自分をめぐる争いを繰り広げていることを察していました。
その証拠に、重甲はここで突然、鉄山から解任された話を持ち出します。
「製造局売却の件は表向きの理由に過ぎない。鉄山は自分と少白の往来だけでなく〝自分が腹の底で何を考えているか〟まで見抜いていた」
と言うのです。
この「腹の底」とは、何を指すのでしょうか。
革命思想を共有するための往来だとしたら、それは誰の目にも明らかですから、「腹の底」と表現するのは不自然でしょう。
つまり、これは革命思想の裏に隠されていたもう一つの意味――「重甲と少白が互いに想い合っていること」を指しています。(なお、この言葉の真意は、もちろん阿四には伝わっていません)
重甲は、鉄山が自分を切った背景に、自分の心の揺れをめぐる私情があったこと自体は察していたのです。
さらに重甲を悩ませていたのは、彼自身も、この三人を心から愛慕していることでした。
老太太を失った悲しみに、この板挟みの苦しみも重なり、誰につくべきか、答えを出せません。
そこで重甲は、何よりも老太太の遺言に従い、
「重光を弟として愛し、よく支えること」
を最優先にして、誰を手伝うべきかの判断を阿四に託します。
阿四から重甲のことを聞いた少白は、重甲の心情の変化に気を揉み、その言動の裏を読もうとします。
少白にとって重甲は、単なる同志を超えた、互いに想いを寄せ合う相手です。
重甲が今後どの陣営につくかは、少白にとって大いに頭を悩ませる問題でした。
阿四は、舒云の妊娠が嘘だったことも告げます。
少白は
「私が何を気にするというんだ」
と言い、舒云の行動や言葉の裏は、特に読もうとしません。
彼は阿四に、「舒云をよくみてやるように」と言い添えます。
阿四は、横領の新たな取引先として、区肇新にとある英国企業を勧めます。
これは、40話で少白から指定されていた企業です。
革命党はこの企業から弾薬を購入する計画だったため、区肇新を説得し、同意を得ることが不可欠でした。
これまで区肇新が横領のために取引していたアメリカ企業は、革命党との繋がりがなかったため、鉄山もその取引を見逃していました。
しかし、重甲が解任され、駐局代表が桂祥に代わると、突然、倉庫や貨物票が点検されるようになり、横領が見逃されなくなります(38話)。
このアメリカ企業との取引では横領の証拠を掴まれるおそれが出てきたため、新たな取引先を見つける必要がありました。
阿四は、この好機に便乗する形で、区肇新に英国企業を勧めたのです。
さて、なぜ鉄山の監視は急に厳しくなったのでしょうか。
ここにきて監視を強める合理的な理由は見当たりません。
したがって、鉄山の感情に起因するものでしょう。
そして、その時期は、駐局代表が重甲から桂祥に代わったタイミングと重なります。
このタイミングと鉄山の感情を併せて考えると、
「重甲が駐局代表ではなくなったことで、鉄山が私情から配慮する必要もなくなったから」
と考えられます。
鉄山は、重甲が駐局代表としての立場と李家との間で板挟みになり、これ以上苦しまないよう、横領には目をつぶっていたのです。
17話で語っていたとおり、鉄山にとって横領は、革命党の関与とは異なり、看過できる問題だったからです。
区肇新は、阿四が勧めてきた英国企業が革命党と繋がっていることを見抜いていました。
「私はすべて分かっている」という旨を告げて阿四を牽制しますが、なんと、この英国企業との取引には応じます。
「よし。イギリス人に通知しろ。取引成立だ。
まず最初の二か月分の金を持ってこさせろ。」
区肇新はそう言い、早速阿四を仕事に取りかからせます。
――なぜ区肇新は、すべてお見通しにもかかわらず、取引に応じたのでしょうか。
それには、次のような理由がありました。
・阿四を李重光として据え続けるには、「革命党支援」を餌にして引き留める必要があったこと
・何か問題が発覚しても、
「私は知らなかった。重光が勝手にやった事だ」
と阿四に責任を負わせ、いつでも切り捨てられること
区肇新は、攻めることも退くことも自在な立場にいたと言えるでしょう。
なお、これらの流れは図にもまとめて掲載していますので、参考にご覧ください。
最後に、区肇新はこう付け加えます。
「その桂祥は、李重甲に任せろ……李重甲の“総弁補佐”としての主な仕事は、現任の代表を相手にすることだ。」
もちろん、重甲が誰よりも製造局の内情や横領の流れに詳しい、という理由はあるでしょう。
しかし、阿四が不思議そうに
「重甲に?」
と聞き返す様子からは、この采配が、それだけでは説明のつかない異様なものだったことがうかがえます。
この仕事を担う重甲は、かつて自分が属していた鉄山側と、真正面から対峙する立場になります。
このことから、この采配は、区肇新から重甲に向けた
「お前はもはや鉄山側の人間ではない。
私の側の人間なのだ」
という、独占欲に基づく所有宣言だったと言えるでしょう。
――こうして老太太の死後、朝廷と革命党に翻弄される李家に、新たな幕が上がります。
補足コラム
老太太が李家を託したのは「阿四」ではなく「李重光」だった
今回、死を目前にした老太太は、とうとう阿四に、最初から彼の正体を知っていたことを明かしました。
しかし、前述したように、最後まで老太太の口から「阿四」という名前が出ることはありませんでした。
阿四が、
阿四🐵「奶奶 我不是李家子孙 您早就知道的嘛」
「おばあさま、私は李家の子孫ではありません。とっくにご存じだったでしょう。」
と真正面から尋ねても、老太太は
「それでもお前は私の孫だ」
とは答えません。
彼女が確認したのは、玉堂が死の間際に阿四へ何を言い残したのか、ということでした。
阿四が、
阿四🐵「老爷说要我留在李家 我就是重光」
「旦那様は、李家に残れ、私は重光なのだと言いました。」
と答えると、老太太はさらに、
老太太👵🏻「你答应了」
「お前はそれを引き受けたんだね。」
と確認します。そして、その返答を聞いて初めて、
老太太👵🏻「好 你就是我的孙子 你就是李重光」
「よし。お前は私の孫だ。お前は李重光だ。」
と言うのです。
この順序は非常に重要です。
老太太は、「阿四だから孫として認める」とは言っていません。
「玉堂との約束を引き受け、これからも李重光として生きる。だから、お前は私の孫であり、李重光なのだ」
この条件のもとで、老太太は彼に李家を託しているのです。
したがって、遺言も「二房重光得两份」となりました。「王阿四に二份」ではありません。
あくまで、二房の李重光に二份なのです。
もちろん、老太太が阿四本人を嫌っていたわけではありません。
彼女は阿四を、
老太太👵🏻「你心地善良 你肯吃亏」
「お前は心根が善良で、自分が損をすることを厭わない。」
と評し、
老太太👵🏻「你是个奇人」
「お前は不思議な人間だ」
とまで認めています。
つまり、阿四本人への深い愛情や評価は、確かに存在しています。
それにもかかわらず、最後まで名前すら呼ばず、王阿四本人のこれからの人生に触れることもありませんでした。
阿四個人への愛情と、李家の財産・家督を誰に継がせるかは、別の問題だったと言えます。
さらに注目したいのは、老太太が阿純について一言も触れていないことです。
老太太は阿純の存在も、彼女が阿四にとってどれほど大切な相手なのかも知っていたはずです。
それでも、玉堂のように「いつか阿純と暮らす王阿四」の未来を語ることはありませんでした。
むしろ、阿四を「李重光」として李家に据えることは、阿純から阿四を取り上げ、二人の未来を断つことでもあります。
それでも老太太が選んだのは、王阿四本人の人生ではなく、彼を「李重光」として李家に残すことだったのです。
老太太の言動を、阿四自身を実の息子として愛した玉堂の言動と比較すると、そこには明確な違いがあります。
30話で、玉堂は阿四を香港へ逃がそうとした際、
玉堂🐼「回到香港之后 是继续你的老本行开个车行呢 还是开个店面」
「香港へ戻った後、元の仕事を続けて車行でも開くか、それとも店を持つか。私は店を持つ方がいいと思う。」
と、香港へ戻った後の阿四本人の人生を考えています。
そして、
玉堂🐼「阿四 这钱你收着」
「阿四、この金を受け取りなさい」
とはっきり「阿四」と呼び、金を渡そうとします。
さらに、
「いずれお前には広東へ戻ってきてもらう。その時には、もっと大きな商売を任せるつもりだ」
とまで言い、李家の事業の一部を「王阿四」自身に継がせることまで考えています。
阿四が「金目当てで来たわけではない」と拒んでも、玉堂は、
玉堂🐼「我是你义父 听我的」
「私はお前の義父だ。言うことを聞け。」
と答えます。
さらに、阿四と阿純が香港で結婚することを当然の未来として受け入れ、
玉堂🐼「爹也想看看大胖孙子呀」
「父さんだって、立派な孫の顔を見てみたいんだ。」
とも言います。
つまり、玉堂と阿四の親子関係は、阿四が「李重光」をやめても残るのです。
阿四は香港へ帰り、王阿四として阿純と暮らす。それでも玉堂は父であり、阿四は息子であり、その子供は玉堂の孫です。
一方、老太太は違います。
死の直前、阿四本人から「私は李家の子孫ではない」と言われても、彼女は阿四本人を李家の子孫として認め直すことはしませんでした。
あくまで、
「玉堂との約束を守って李重光を続けるなら、お前は李重光であり、私の孫だ」
ということなのです。
このことから、老太太が残した二房の財産も、阿四への恩賞や対価だったとは考えにくくなります。
彼女が財産を託した相手は、「王阿四」ではなく、「二房・李重光」という立場だったのです。
阿四がその役目を終え、「李重光」が消滅すれば、その財産はいずれ本来の李家へ戻る。
老太太自身も、どこかでそう考えていたと言えます。
これらを踏まえると、老太太が最期に阿四へ残した言葉の意味も違ってきます。
重甲について「彼と敵対してはいけない」と言い聞かせた老太太は、続けて、
老太太👵🏻「人是会变的 重光 你可千万要小心」
「人というものは変わるものだ。重光、くれぐれも気をつけるんだよ。」
と言いました。
これは、「いずれ重甲が変わるかもしれない」という警告ではありません。
なぜなら、重甲は最初から最後まで、李家の長孫である「李重甲」だからです。
一方、阿四には、「王阿四」から「李重光」へ、またその逆へという、明確な変化の余地があります。
つまり、これは重甲ではなく、阿四自身の変化を見越した言葉だったのです。
老太太は、今の阿四が善良で、重甲を本当の兄のように信じていることを知っています。
しかし、これから彼は「王阿四」ではなく「李重光」として、莫大な財産、李家の家長としての権限、製造局、区家との姻戚関係まで背負うことになります。
阿四自身は変わらなくても、王阿四から李重光へと「立場」が大きく変わるのです。
老太太は、その立場が人を変えてしまう可能性を懸念していました。
実際に、50話前後からは、阿四の重光としての役割ばかりが肥大化していき、その言動に混乱が見られるようになります。
そして52話からは、区肇新の洗脳によって、ついに重甲と敵対します。
皮肉にも、老太太が遺言で示した懸念は、数か月も経たないうちに現実となったのです。
こうした老太太の慧眼ぶりを踏まえると、彼女は阿四が永遠に「李重光」でいられるとも考えていなかったでしょう。
「李重光」という立場も、その立場にある阿四自身も、いつかは変わり、終わりを迎える。
老太太は、その際に生じる混乱まで予測していたと思われます。
私が復元した本来のストーリーでは、阿四は「李重光」としての立場も、区家との姻戚関係も失っていきます。
李家の財産は巡り巡って重甲のもとへ戻り、舒云も重甲と再婚します。
阿四は区肇新によって李家を追われ、香港に逃げ帰り、人力車夫に戻ります。(※→注1)
老太太の「人は変わる」という言葉は、単に重甲への警戒を促したものではありません。
今の人間関係も、今の阿四の心も、今の身分も、永遠に同じではない。
その先まで見越した遺言だったのです。
老太太は阿四を信じ、愛していた。だからこそ、李家を任せ、重甲を託しました。
老太太が阿四に託したのは、彼自身の人生ではなく、「李重光」という役目と、その役目に付随する李家だったのです。
※注1 57話以降の本来のストーリー復元についての記事はこちら









































































































