作者:ニコラウス・アーノンクール
出版社:音楽之友社(横浜市立図書館)
内容(「MARC」データベースより)
古楽、古楽器の復興者として位置づけられる著者が、当時の歴史的背景や当時の音楽観、演奏習慣を研究。歴史から学んだことを現代の演奏に活かそうと努力しつづけてきた過程を、彼の講演原稿やエッセイを通して明らかにする。
もしアインシュタインがヴァイオリンを弾かなかったら、何を考え何を発見しただろうか。大胆でファンタジーに溢れた仮設こそは、まさにファンタジー豊かな精神のみが到達できるものであり、それを論理的な思索家が後から証明するものなのではなかろうか。
確かにチェンバロやリュートでは、長く伸ばされた音符の音を聞くことはできない。その場合、人が聞くのは音の入りだけで、音はその後消えてしまう---その残りはファンタジーが補うのであって、現実の音は消えているのである。
私は「1800年以前の音楽は話し、それ以後の音楽は描く」と言いたい。
イタリアの作曲家たちは、それらを音楽の専門用語としてではなく、意味に応じて使用したのである。すなわち、アレグロは愉快で陽気なことを意味しているのであり、速いという意味ではない。ある陽気さの状態が快速なテンポを要求するときにのみ、アレグロは間接的なテンポ表示となるのだ。
音楽の知識がないと難しい。。
出版社:音楽之友社(横浜市立図書館)
内容(「MARC」データベースより)
古楽、古楽器の復興者として位置づけられる著者が、当時の歴史的背景や当時の音楽観、演奏習慣を研究。歴史から学んだことを現代の演奏に活かそうと努力しつづけてきた過程を、彼の講演原稿やエッセイを通して明らかにする。
もしアインシュタインがヴァイオリンを弾かなかったら、何を考え何を発見しただろうか。大胆でファンタジーに溢れた仮設こそは、まさにファンタジー豊かな精神のみが到達できるものであり、それを論理的な思索家が後から証明するものなのではなかろうか。
確かにチェンバロやリュートでは、長く伸ばされた音符の音を聞くことはできない。その場合、人が聞くのは音の入りだけで、音はその後消えてしまう---その残りはファンタジーが補うのであって、現実の音は消えているのである。
私は「1800年以前の音楽は話し、それ以後の音楽は描く」と言いたい。
イタリアの作曲家たちは、それらを音楽の専門用語としてではなく、意味に応じて使用したのである。すなわち、アレグロは愉快で陽気なことを意味しているのであり、速いという意味ではない。ある陽気さの状態が快速なテンポを要求するときにのみ、アレグロは間接的なテンポ表示となるのだ。
音楽の知識がないと難しい。。