作者:幸田文
出版社:新潮社(横浜市立図書 館)
幸田露伴の死を看取った娘の思い。
幸田文の随筆を久しぶりに読んだ。物静かな女性だとばかり思っていたが、なかなか活発な子供であったようだ。幸田露伴は、文子を一番叱りやすかったと書かれているが、叱りやすい人ほど本当は期待していたのではないかと感じる。
文子が若いときは、一端の妻そして母親になることを期待し仕込み、縁なく戻ってきたときには女性ひとりで生きてゆく術(それは自分と同じ文の世界)を叩き込んだのではないのだろうか。
本人は、父の一言ひとことがかなり堪えたように書かれているが、名前を文子とつけているのだもの。
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人の云うことはかまうな、なんていうのは、忍耐のなり得る、つまりまだ心にゆとりのある時しか役に立つものじゃない。ほんとうにつきつめているときは、何にだってちょっとこすられれば爆発するらしかった。
七歳の春、母を亡い、その葬送の日、藁草履を履かせられ玄関を出るときに、父は云ったではないか。「しゃんとして歩けよ」と。今ここに父を送る野道は細く、人には愛がある。私は湧きかえる感情を畳んで頸を立てて歩き、喪服はさやさやと鳴った。
出版社:新潮社(横浜市立図書 館)
幸田露伴の死を看取った娘の思い。
幸田文の随筆を久しぶりに読んだ。物静かな女性だとばかり思っていたが、なかなか活発な子供であったようだ。幸田露伴は、文子を一番叱りやすかったと書かれているが、叱りやすい人ほど本当は期待していたのではないかと感じる。
文子が若いときは、一端の妻そして母親になることを期待し仕込み、縁なく戻ってきたときには女性ひとりで生きてゆく術(それは自分と同じ文の世界)を叩き込んだのではないのだろうか。
本人は、父の一言ひとことがかなり堪えたように書かれているが、名前を文子とつけているのだもの。
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人の云うことはかまうな、なんていうのは、忍耐のなり得る、つまりまだ心にゆとりのある時しか役に立つものじゃない。ほんとうにつきつめているときは、何にだってちょっとこすられれば爆発するらしかった。
七歳の春、母を亡い、その葬送の日、藁草履を履かせられ玄関を出るときに、父は云ったではないか。「しゃんとして歩けよ」と。今ここに父を送る野道は細く、人には愛がある。私は湧きかえる感情を畳んで頸を立てて歩き、喪服はさやさやと鳴った。