作者:丸山健二
出版社:新潮社(横浜市立図書館)

人間存在の根源を衝く神話の誕生(児玉清の書評)
 人間とはなにか。人生とはなにか。生きるとは一体なんなのか。長年、土と向き合い、花と心を通わせ、大自然と対峙し、気の遠くなるほどの歳月の瞑想を重ねて、寸鉄人の心を刺す、真実の言葉を紡ぎ出すことに命を賭けた作家、丸山健二が、魂の叫びとともに世に表出した小説『貝の帆』は、読む者の心を圧倒し、凄まじい衝撃をもたらす。
 書き出しは、こんな言葉ではじまる。
「私は肉体ではない。/私は精神でもない。/私はひたすらこの世を浮遊しつづける、星の数よりも多い、一個の魂だ。」

これが小説!これぞ文学!というキャッチコピーも頷けるものだった。1ページを読むのにこんなに時間がかかった小説も珍しい。人間賛歌とは思わないが、人間の根源とはを神なんていう存在を認めないで書いたもので良かった。

弟の自殺に関して。
彼の絶望は、その短い生涯に自らけじめをつけた後でも色濃く残っていた。つまり、彼の上に死が訪れると同時に魂が解き放たれたとは到底思えなかった。

障害のうちで望ましい状態でいられる期間がどれほど短いのか判っているのか。気持ちが明るく浮き立つ瞬間など数えるほどしかないのだ。

新しい生命を一つ受け入れたこの余波、お前を待ち受けている未来が整然と配列されたものでないことを、生と死が,善と悪が相対的に正しいことを、暗黙のうちに知らしめていた。別言すれば、文字通り裸一貫で人生を始めたお前のために、この世の門戸は残らず開放されていることをはっきりと示していた。