こんばんは・・・。

こんなブログでもアメーバ会員が、登録してくれます。本当に有りがたいことです。

今月ももう、残り少なくなりました。

この間、毎日を引きこもり状態になっています。

先日、これではいけないと思い、不動産の上場会社に応募しました。

私は、その会社で、「何ができるのか?」を考えました。それは、今までに体験したことでした。

その会社は、1件の受注をすると、即、主任になります。

いろいろ考えて「いままでの経験やスキル」などが、あったから応募しました。

いままでの経験などを、書いてメールで応募しましたが、3日目に、メールで不採用という結果でした。

私は、年間に5棟のマンシンョンは受注はできると思いましたが、やはり年齢が邪魔と思いました。

もう、60歳ですから、若い店長(40代)との、コミニケーションは出来ないと思いました。

・・・やはりと、思いました。無借金の企業だったので応募しましたが、無理でした。

しかし、このままでは、いけないと思い、また思考覚悟の上、ネットビジネスに移行しました。

それは、車検ビジネスです。車検は2年から3年に一回、法定車検を受けることが必要です。

それなら出来ると思い、商材を買いました。

ただ、今の自分の状況からいって、自分が一軒、一軒、調査はできません。

時給1000円でアルバイトを雇おうと思っていました。

1時間で100件の情報はできます。5時間で500件の情報は取得できます。

その、案内のメールを3社に送りましたが、いまだに、返事はありません。

やはり、このビジネスもだめなのか・・・と、思いました。

しかし、まだ大手のディラーには、メールを送ってはいません。

大手のディーラーには、毎月のノルマがあります。

入社した若い社員には、新車か中古車、車検などのノルマです。

ますは、自分の家の車の新車に買い替え、そして、親戚、友人などといった手法です。

3ケ月は達成しますが、あとがありません・・・。

それで、ノルマを達成できずに辞めて行く人を知っています。

結局、待ちの営業でテレビや新聞などの広告費をつぎ込んでいます。

要するに、「待ちの営業」なんですよね・・・。

では、攻める営業ならば、ディラーの名をふんだんに使ってできる営業が出来れば最高です。

営業マンは、日々、新車を求めるユーザー、顧客しかないのだと思います。

そこで、車検調査資料があれば、訪問して、確実に成果が上がると思います。

私も営業していましたから、その情報は「喉から欲しい情報です」・・・。

1件の情報で50円に設定します。そして、車検が終わる時期、住所などを提供するビジネスです。

最近、このビジネスに、ちょっと賭けてみようかと思っています。

このビジネスは永遠なんですよね・・・。ローカルでは車社会です。

車検会社はたくさんあります。

乗用車は4年サイクルなので、情報をキャッチして、車検会社やディラーに売り込もうと思います。

そして、次のビジネスは「交際ビジネス」です。

私のように、一人もんには、とても素晴らしいビジネスだと思います。

何故かと言いますと、このまま人生を一人での生活は、寂しいものがあります。

ヤフーパートナーに登録してみますと、毎日たくさんの人がメールを送ってきます。

やはり、男女の関係は永遠なのなんですよね・・・。

40代から50代の人から毎日、送信があります。

出逢い系サイトとは違って、真実が、そこにはあります。

40代の女性から毎日、メールがあります。

でも、私にはヤフーの手続きができず、そのままにしています。

私も、これからの事を考えると、やはりパートナーは必要です。

毎日、こんな姿なので、心配しています。

でも、それを理解してくれる人が必ずいると信じます。

新しい人生を、なんとか求めたいと言うのは、いけませんか?

ご拝読ありがとうございました。 拝。






こんばんは・・・。


今日で10月も終わりですね。月末は嫌な事ばかりが思い出されてしまいます。


支払いや、資金調達で、嫌な事ばかりでした。


今、そんな嫌な状況から開放されましたが、現実的には「血の小便」も出した事も多々ありました。


でも、いい事も随分ありました。思えば遠い昔ですが、仕事の需要があり、寝ることも出来ない時期がありました。


昭和55年くらいの時期、1ヶ月で、当時200万ぐらい稼いでいました。


今では、約3倍の600万円ぐらいでしょう。それも、一人でこなしていました・・・。


ある方の恩義で、私に仕事を斡旋していただきました。


でも、そこには、水増し請求があり、それを断ることができませんでした。


まだ、若かったので、言うなりになっていました。


今で言う、背任行為でした。暗黙の了解で架空口座を作り、毎月振り込んでいました。


私が正規の請求書を書くと、そこには、赤ペンで、水増しをして、その差額を振り込んでいました。


毎月、約10万円ぐらいです。営業部長の肩書きで、部下の社員に私に仕事を出すようにと・・・。


当時は、原価は紙代と写植文字代だけでした。


利益率は約、65%ぐらいでした。儲けて笑いが止まりませんでした。


ひたすら、毎晩、仕事に追いやれる日々でした。夜中の3時ぐらいは当たり前です。


私は東京から宮崎に来ましたが、当時の宮崎の広告事情は悲惨でした。


そこで、色々と提案して、初めてカラーの紙面にしたこともあります。


宮崎では初めてのカラー印刷と言うことで、各代理店の評価が高くなりました。


そこ頃は、まだ新婚でしたので、車もなく、電話もなく、事務所もありませんでした。


でも、その時が最高な人生でした。


お金は溜まりましたが、使うことを知らなかったのです。


代理店の友人に初めてスナックに連れて行って貰いました。


ひとときの「やすらぎ」でした。


今、思えば、楽しい事もあったのだと・・・。


そして、マイハウスと事務所として、家を買いました。


従業員も7人になり、いわば、私の黄金期だったのです。しかし・・・


有頂天になり、天狗になってしまいました。


遊び放題に、夜の街に徘徊をし、女の子と遊んでいました。


その時期には、VISAカードを持っていましたので、全てはカードです。


お気に入りの「すし屋」では3万円もチェックをしたりしていました。


格好の標的になってしまいました・・・。


家に帰らなくなり、「泊まるところは、どこにもあると・・・」豪語していましたから・・・。


しかし、


その時、しっかりとしていれば、今の私ではなかったのだと思います。


まさか、今、こんな病気になるなんて、思っても見ませんでした。


昨年、水道代が払えないので、近所のスーパーや、公園の水道でペットボトルに水を補給するなんて


惨めさをつくずく考えさせられました。「天と地」です。


有頂天になっていた時こそ、その将来の事を考えられなくてはいけないのです。


その後、私は、次々とヘッドハンティングで過ごしました。


今、思うに、私の人生はその繰り返しだけだったと思います。


まあ。これも人生なんだと、痛感しています。


私が育てた芸能人や写真家もいますが、そんな人は、私の背中を観て育っていきました。


ただ、私は、自分の背中が見えないのが残念です。

ご拝聴、ありがとうございます。   拝。















こんばんは・・・。


この『うつ病』回顧録も115回を迎えました。


自分が『うつ病』になるなんて、思ってもいませんでしたが、実際にはかなり辛いです。


この病気になっていない人には、解かりませんが、精神ストレスが原因なんですよね・・・。


もう、この病気になって4年ばかりになります。辛い毎日を過ごしています。


一番の原因は、夫婦も問題、子供との問題、会社の問題、そして、自分の甘さが要因でした。


いま、一人で生活をしていると、時々、寂しくなり、死にたい気持ちになります。


この、住宅に住んで、年々歳を取るだけで、希望などはありません。


ただ、子供たちがどう成長しているのかだけが、気がかりだけです。


誕生日に贈った祝い金をも、全く反応しません。電話もなく・・・


思ったのですが、元妻が、それを渡していないのだと思います。


書留で送っても、なんら、返事もありませんので、元妻が開封して、子供たちには渡らないと言うことなんだと、悟りました。


でも、二人の子供も成人したので、もう、誕生日のお祝い金は、送らない事にしました。


別れた元妻には、感謝をしていますが、私の病気には気がついてくれませんでした。


以前、テレビや小説でも人気があった「ツレがうつになりました」と言うのが映画化になりました。


今、話題の「宮崎あおい」さんが、その女房役になって、夫を支える役です。


実際、「うつ」になると、家族の支えが必要になりますが、私の場合は、皮肉にもそれがありませんでした。


「貴方にはもう、愛情がないと・・・」「家を出て行って・・・」「死ね・・・」と言われましたから。いままで一緒に過ごして、未来設計をしていたのですが、その言葉はかなり、精神的に参ってしまいました。


そんな言葉が、頻繁に出ることが、かなり私の中で、もう終わりなんだと考えるようになりました。


いたたまれなく、何度か、家を出てしまいました。


それも、晩酌中に言うものですから、飲酒運転で車を出し、公園で車中で一晩過ごしました。


「ツレがうつになりました・・・」は妻が精神的に支えてくれる映画ですが、


実際に私には、そんな甘い言葉はありませんでした。「死ね!」と言う言葉でもう・・・


いままで、一生懸命に頑張っていましたが、その言葉で夫婦の「糸」は切れました。


夫婦というものは、喜び日も悲しみを乗り越えて、初めて夫婦なのではないでしょうか?


今日のテレビで、結婚50年の夫婦の金婚式が話題になりました。


今、一人でいると、映像を見て、とても感動しました。


ですが、私達は、夫婦の「絆」がなかったと思います。


悪く批判をするのではなく、これが私の人生なんだってと思います。


毎晩、寝るときに思い出す人が居ます。


その人と結婚していたら・・・人生が変わっていたかも・・・。


睡眠剤が効いてきて、また新しい「日」を迎えます。でも、毎日同じ生活で、もう嫌になります。


家に引きこもって、誰とも話しはしたくないのです。


こうして、ブログを書く、何とか人に解かってほしいと、言う気持ちなんですが・・・


あなたも「うつ病」なら、私の気持ちをわかりますか?


もう、私も還暦で若くはありません・・・私は、ただ「死」を迎えるだけです。


一人で、この部屋で、寂しく死んで行く事になるでしょう。


誰も、人知れずに。


家系が終わること、墓前の両親、祖父母に申し訳ないと言うことが、無念です。


永くなりましたが、今の私の心境です。   


ご拝読ありがとうございます。   拝。