また、しばらくブログを休んでいました。何をするにしても、身体が重く、だるい現象が続いている・・・。
しかし、更新をしないといけないと思いつつ、時間だけが経っています。こんなになったのも、いままでに色んなことがあったからです。
当時の話になりますが、会社を立ち上げて、4期の決算を終えた。そして5期目に入った時、会社は、岐路に立った。
ホームページの営業も最終的には、65社になった。目標は100社だったが、制作が追いつかない状況だ。
そして、あるシステム会社から求人情報誌を協同でしないかと、誘われた。しかし、現状では手が一杯で、これ以上のことは人員から言っても無理であった。
私の会社が営業、システム会社が制作、そして印刷会社の3社でするという事だ。私の会社だけでは無理なのだが、強引に、誘われた。
発行までのスケジュールは3カ月、当時の事務所は12坪、求人営業スタッフを5名を人材派遣から調達し、そして
システム会社から、200万円の
営業委託費を受け取ることで、社員と話し実行に移すことにした。求人はいつの世の中でも必ず需要があると判断していたからである。
当時の事務所から近い7階立てのビルの一室に引越しをすることになった。広さは30坪、家賃は24万円、しかし
半分は県の新規事業助成があったので、実質は12万円だった。新しく広々とした事務所に、従来のホームページの営業部門、
そして、求人専門の営業部隊を形成した。総勢10名の社員をかかえることになった。
しかし、これが私の会社の命取りになることになるとは、思っていなかったのである。
求人部門の営業が動きだした。大手の求人会社の掲載されている、クライアントに出向き、プレ号は、無料にするという手法でスタートさせた。
そして、まだ知名度もないので、ホームページにも掲載するという条件付、大胆な手法で、営業を展開した。求人部隊は自転車での営業とし、
大手求人社の掲載されたクライアントを1社つづ飛び込み営業させた。派遣社員もできる者、できない者の格差が見え隠れする。
しかし、やるからには何とか、プレ号だけは、見栄えのいい形にしなくてはならない。締切が目前に迫った時、
一人の女性営業部隊が、某新聞社のクライアントに飛び込み営業をした。これが命取りになった。
弊社は某新聞社の関連会社の専属広告代理店だ。その代理店が、親となる某新聞社のクライアントを取っていまったからだ。
さっそく某新聞社の局長から、連絡が入り、すぐに来いと呼ばれた。
某新聞社のクライアントを取るということが、どういう意味を持っているかと言えば、某新聞社の直属の代理店を刺激していまったからだ。
私はそこまでは読んでいなかったのが、失敗であった。いくらプレ号とは言え、それは、直属の広告代理店の、縄張り地区だったからだ。
局長から、一筆を書かされた。二度と求人営業はしないこと・・・と。
まさかの事態になり、頭がパニック状態になった。求人営業部隊の人件費やさまざまなトラブルが発生した。
これからが、私のうつ病の始まりとなった・・・・・・。
つづく
しかし、更新をしないといけないと思いつつ、時間だけが経っています。こんなになったのも、いままでに色んなことがあったからです。
当時の話になりますが、会社を立ち上げて、4期の決算を終えた。そして5期目に入った時、会社は、岐路に立った。
ホームページの営業も最終的には、65社になった。目標は100社だったが、制作が追いつかない状況だ。
そして、あるシステム会社から求人情報誌を協同でしないかと、誘われた。しかし、現状では手が一杯で、これ以上のことは人員から言っても無理であった。
私の会社が営業、システム会社が制作、そして印刷会社の3社でするという事だ。私の会社だけでは無理なのだが、強引に、誘われた。
発行までのスケジュールは3カ月、当時の事務所は12坪、求人営業スタッフを5名を人材派遣から調達し、そして
システム会社から、200万円の
営業委託費を受け取ることで、社員と話し実行に移すことにした。求人はいつの世の中でも必ず需要があると判断していたからである。
当時の事務所から近い7階立てのビルの一室に引越しをすることになった。広さは30坪、家賃は24万円、しかし
半分は県の新規事業助成があったので、実質は12万円だった。新しく広々とした事務所に、従来のホームページの営業部門、
そして、求人専門の営業部隊を形成した。総勢10名の社員をかかえることになった。
しかし、これが私の会社の命取りになることになるとは、思っていなかったのである。
求人部門の営業が動きだした。大手の求人会社の掲載されている、クライアントに出向き、プレ号は、無料にするという手法でスタートさせた。
そして、まだ知名度もないので、ホームページにも掲載するという条件付、大胆な手法で、営業を展開した。求人部隊は自転車での営業とし、
大手求人社の掲載されたクライアントを1社つづ飛び込み営業させた。派遣社員もできる者、できない者の格差が見え隠れする。
しかし、やるからには何とか、プレ号だけは、見栄えのいい形にしなくてはならない。締切が目前に迫った時、
一人の女性営業部隊が、某新聞社のクライアントに飛び込み営業をした。これが命取りになった。
弊社は某新聞社の関連会社の専属広告代理店だ。その代理店が、親となる某新聞社のクライアントを取っていまったからだ。
さっそく某新聞社の局長から、連絡が入り、すぐに来いと呼ばれた。
某新聞社のクライアントを取るということが、どういう意味を持っているかと言えば、某新聞社の直属の代理店を刺激していまったからだ。
私はそこまでは読んでいなかったのが、失敗であった。いくらプレ号とは言え、それは、直属の広告代理店の、縄張り地区だったからだ。
局長から、一筆を書かされた。二度と求人営業はしないこと・・・と。
まさかの事態になり、頭がパニック状態になった。求人営業部隊の人件費やさまざまなトラブルが発生した。
これからが、私のうつ病の始まりとなった・・・・・・。
つづく