翌週のある朝。
廊下を歩く私に、カッカッカッと早い足音が追いかけて来た。私を追い越して振り向いたのは、2年先輩のヒロコだった。
お茶目で面白い彼女は先輩方にとても可愛がられていたが、私たち後輩は当たらず障らず…どうも信用出来ない節があり、お喋りは楽しいがあくまでも聞き手に徹していた。
「ねぇ、Aと付き合ってるの?」
あまりにも突然でストレートな質問に、私は咄嗟に、「いえ…」と首を振った。確かに1度飲みに行っただけで、付き合っているわけではない。
「そう、それならいいの。二人でいるところを見たっていう人がいて…。」
珍しくふざけた調子もなく早口でそう話すと、一度ため息をついて、話を続けた。
「アイツはやめなさいよ。アイツは結婚するのよ、中学の同級生の女がいてね。妊娠して手術させた事もあるからって。
だから、付き合ってないならいいけど…誘われても断りなさいよ。」
再びカッカッと靴音を響かせて去って行く彼女の後ろ姿を見つめながら、私は思い出したようにゆっくりと息を吐き出した。
その日、私はユミをいつものカフェに誘った。
ユミは大学のミスコンで優勝したほどに美しい顔立ちをしていた。当時人気のブルック・シールズを日本人にしたような容姿に穏やかな性格…社内はもちろん、取引先にも彼女のファンは多かった。
そんなユミとはいつからかランチ仲間になり、時々仕事帰りに美味しいスイーツを求めてあちこちの店に足を運び、会社の愚痴を零し合う仲だった。
「ねぇ、ちゃんと食べなきゃダメだよ。お昼もコーヒーだけで何も食べてなかったじゃない!」
言われてみれば私は、自分で注文したチーズケーキをフォークでつつくばかりで、全く口へ運んでいなかった。空腹なのに、何も食べられない、食べたくもない自分にその時気付いた。
朝のヒロコ先輩の話は、自分が思う以上に私にダメージを与えていたことに、自分でも驚いた。