PICUの面会時間は10時から。
他の病棟と違う。
あれだけオープンなスペースだから、カンファレンスや処置なとで個人情報やプライバシーが守られるよう配慮されているのかもしれない。

転院した次の日から、電車で面会に行くことにした新幹線真ん中
車で行けない距離ではないが、都会の渋滞に巻き込まれる恐れがあったからだ。

病院に着くと、エレベーターへ続くドアを開けるために、IDカードをかざす。
エレベーターを降りてからもこのカードを使い、面会する病棟にしか入れないようだ。
10時前にPICUに着いたが、ドアの前で待つ。
時間になると、インターホンで患者のフルネームを伝え、面会できるか確認してからスタッフがお迎えに来てくれるシステム。
要するに、外からドアは開けられないのだ。
開けるにはスタッフだけが持っているIDカードが必要な様子。

ちびはにっこり笑顔を見せ、「サンタさんきたよ。」と教えてくれた。
昨日急な転院だったが、私はこっそり枕元に置こうと思っていたクリスマスプレゼントプレゼントを持ってきていたのだ。
帰り際夜の担当のナースにお願いすると、快く預かってくれた。
「サンタさんはちびがどこにいてもわかるんだよ。」などと話をしていたが、ちびの元気はだんだんしぼんできたショボーン
顔のむくみもひどい。

間もなく担当の医師が来て、説明を受けた。
「朝のカンファで透析に踏み切ることにしました。一晩粘ってもおしっこは5ccしか出ません。透析するために、うちに来たんだから。」
イケメン小児科医と違い、ニコリともせず、私の意見は聞かないと言わんばかり。
ヒゲの担当医の話しぶりから、ちびの状況はかなり厳しいと感じられた。
「わかりました。」
それしか言えなかった。

透析開始の準備をするため、面会謝絶になった。
約3時間半、私は家族待合室でひたすら待った。
どれくらい待つか、どんな処置をしているのか、わからないで待つのは長い。
ウトウトして目が覚めても、まだ呼ばれない。
不安が広がり、泣きたくなるえーん
どうしてこうなってしまったのか、考え悲しむには十分な時間だった。

やっと呼ばれ、面会したときには、ちびの首に太い管が刺さり、その中で赤黒い血液が動いていた。
管は小さな冷蔵庫ほどの機械とつながっていて、モニターが動き、回路を回す機械が動いていた。
ちびは寝ていた。
目頭に涙をためて。
私は怖くて、太い管がどのように首に刺さっているか、見ることができなかった。
医師からの説明によると、首を痛がったので、薬で眠らせているらしい。
麻酔とは違うそうだ。
4~5時間かけて、体の血液を抜いて、水分や老廃物を取り除き、また体に戻す。
4日間くらい続ける予定。
ただし、これは今のむくみや乏尿に対する処置であって、腎臓の機能が低下した原因はわからない。
原因がわからなければ、また同じことを繰り返すかもしれない。
原因を探るため、重症度を診るため、腎生検をすすめる。
全身麻酔をかけて、今日より細い針で、背中から腎臓に直接刺し、組織を採って調べる検査。

なかなか目が覚めないちびを見つめながら、
私は大きな不安に包まれていた。
医師の言葉によれば、この透析でなにもかもよくなるわけじゃない。
さらに大きな検査が、私からしたら手術みたいな検査が、必要だと…
寝ているちびの傍らで4時間半、また考えた。
考えたと言うより、不安と戦っていた。
いつちびが目を開けるかわからないこの場所で、泣くわけにはいかない。

ちびは間もなくおきて、今日の透析は終了した。
機械から管を外す作業には、多くの医師が立ち合った。
まるで手術だ。
首に管の先端が刺さったままで、ちびは「痛い」としくしく泣く。
医師を呼んだが、痛み止を入れるにはまだ早いそうで、冷やしてしのいだ。
ちびはいい子で「大丈夫」と言う。
あんなに太い管が刺さっているのに。
泣けるほどエライ。
でも泣くわけにはいかないので、「エライエライ」といっぱい頭をなでてやった。
夕飯にリンゴが出て、ちびは喜んで食べた。
少しずつ元気になってきた。

電車で帰りながら、頭はパンク寸前だった。
私たち母子に起こっている大きな事件を知る人は誰もいない。
それぞれの日常は何も変わらない。
私だけが今、叫びたいくらい不条理な思いを抱いているような気がした。
駅に着き、前だけをしっかり見て、いつもの早足で帰った。
暗い玄関のドアを開けて、誰もいないリビングに入った瞬間、涙が溢れてきた。
慟哭ってこういうことかもしれない。
「どうして」「ごめんね」頭に浮かぶ、文章にならない単語を泣きながら叫び、崩れた。

それでも朝は来る。
わかっていたけど、このときは明るい日差しのことなんて考えられなかった。
私たちはどうなってしまうのだろう。

右矢印続く