相の谷古墳と乎致ノ命 -18ページ目

鶴姫伝奇 - テレビドラマ

年末になると時々思い出します。


それは今から17年前にテレビで放映された後藤久美子主演のドラマ『鶴姫伝奇』(つるひめでんき)です。
大三島はもちろんのこと、三島大祝家の住居があった今治市別名も出てきます。
フィクションですが、大山祇神社を中心に活動していた三島水軍、村上水軍の当時の姿がよくわかると思います。

私はビデオに録画していますので、以前は繰り返し見ていました。
ウィキペディアにこのドラマのことが詳しく出ていますのでここでご紹介します。
尚、「鶴姫」の恋人役の「越智鷹丸」のことをドラマでは「黒鷹」と呼んでいました。

以下、ウィキペディアより



鶴姫伝奇 (テレビドラマ)

『鶴姫伝奇』(つるひめでんき)は、1993年12月28日に日本テレビ系列で放映された日本テレビ年末時代劇スペシャル第9作である。

あらすじ
群雄割拠、下剋上の戦国時代。応仁の乱以後、室町幕府の権勢は衰え、畿内でも戦乱が絶えないころ、四国の島を挟む瀬戸内の海を守りつづける水軍があった。
そのルーツは、いかなる強国の大名であっても容易に手を出すことが出来ぬ神秘を秘めた島・大三島にあった。
戦国大名たちもその名を聞けばたちまちひるむと言われた村上水軍。
この島は村上水軍の本拠を構えた地であった。神聖な力の伝承と緻密な水運の戦術。
難攻不落とも言われたこの海であったが、乱世の刃が迫りつつあった。
大三島の大祝家の鶴姫は美しさで有名であったが、男顔負けの武勇でも知られていた。
その姫も年を経るにつれ、越智鷹丸という若者と恋に落ちる。しかし、将来を誓い合ったその矢先、大内家の和睦の使者である鷹丸が殺される。全ては大内家の策略であったのだ。
鶴姫は愛する鷹丸を失った怒りと悲しみから自ら女を捨て、刀を握る。そして戦場の混戦の中、銃弾を受け行方不明となる。
しかし、鶴姫の存在はいつまでも人々の心の中に残るのであった。
幻影か、それとも幻か…。全ては残された女鎧だけが知っている。


スタッフ
原案:三島安精 「海と女と鐙」
脚本:杉山義法
監督:小澤啓一
音楽協力:日本テレビ音楽
主題歌:堀内孝雄 「波の調べに」
製作協力:東映太秦映像
制作:日本テレビ
製作・著作:ユニオン映画

キャスト
鶴姫:後藤久美子
越智鷹丸:石橋保
越智隼丸:山口祥行
越智安房:橋爪淳
越智安舎:三浦友和
越智左近太夫:下川辰平
越智兵庫助安用:森繁久彌
木花:高樹沙耶
髭親父万蔵:名古屋章
ましらの小平次:坂上忍
陶隆房:隆大介
陶隆時:中康治
妙林:星由里子
真砂:伊藤麻衣子
宇津女:芦川よしみ
お国:高島礼子
お力:ダンプ松本
村上武吉(笠岡掃部):堤大二郎
村上五郎右衛門:萩原流行
村上隆重:井上孝雄
村上隆勝:本郷功次郎
河野晴通:西郷輝彦
小原中務之丞:立川三貴
鳥生又三郎:大木実
千里眼の佐太郎:西山浩司
早耳の徳次郎:片桐竜次
毛利元就:疋田泰盛
ナレーター:岡部政明

『鶴姫伝奇』主題歌「波の調べに」(作曲:堀内孝雄 作詞:小椋佳)

https://youtu.be/MJSXCx2Xi-o?si=ae0MQLGUWp1qAEA6

「波の調べに」

作曲:堀内孝雄
作詞:小椋佳

陽は輝いて その美しさ
女神のように 際立つ時に

気付けば 君は 戦いの船
舳先にたって 風と争い
水平はるか 沖を見据えて
易しい水路 選ぼうとしない

出来れば 君を 両手で抱え
小舟にさらい 小島に渡り
かたくなな胸 開いたあとで
人らしい夢を 吹き込んでみたい

星きらめいて 波が調べを
奏でるように さざめく時に

思えば 君は 誰しもの夢
独り占めなど 叶わぬ願い
ふと舞い降りた 鶴とひととき
交わした愛を 密やかに抱こう

陽は輝いて その美しさ
黒髪越しに 眺めていよう
星きらめいて 波の調べに
孤独おさめて 視つめていよう
孤独おさめて 視つめていよう

しまなみ海道を歩く - 今治から大三島(5)

今日は「しまなみ海道(愛媛県側)」を歩いた記録をご紹介する最終回です。


一昨年の5月の連休に「今治市サイクリングターミナル糸山」から「しまなみ海道」の中で最も美しい斜張橋と言われる多々羅大橋の真ん中(愛媛県と広島県の県境)まで、3日間をかけて歩きました。
写真は多々羅大橋のちょうど中央あたり(県境)まで行ったところで終わっています。


ところで、私の考える郷土愛は次の三つです。


一、今治及び愛媛県東予地方の歴史(特に古代から中世)をよく知ること。
二、瀬戸内海、来島海峡、しまなみ海道と多島美、これらの世界に誇れる景観を美しいと感じること。
三、この地域に住む人々と共に地域の繁栄を願うこと。


この「来島海峡」や「しまなみ海道」を自分のペースで景観を楽しみながらゆっくりと歩いて渡り、写真を撮りブログで紹介することも私の考える郷土愛の一つなのです。


次の機会には後半部分の広島県側(多々羅大橋から尾道まで)を歩いて渡るつもりです。
その時はまたここでご紹介したいと思います。


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う



しまなみ海道を歩く - 今治から大三島(4)

今日は「しまなみ海道を歩く」の前半の愛媛県側、今治から大三島までの最後の島・大三島です。

大三島橋から広島県との県境の多々羅大橋まで歩きながら私が撮影した写真を2回に分けてご覧いただきます。


大三島は国宝の島、神の島と呼ばれています。


国幣大社(国の管理する神社)・大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)が全国的に有名で、ここには歴史に登場する多くの武将が戦勝祈願又は戦勝の御礼として奉納した刀、鎧・兜等の武具とともに、斉明天皇奉納の国宝の銅鏡(白銅)「禽獣葡萄鏡」があります。


大山祇神社 宝物館 主な文化財
国宝 禽獣葡萄鏡(斉明天皇御奉納)
国宝 澤瀉威鎧(越智押領使好方奉納)
国宝 赤絲威鎧・大袖付(源義経奉納)
国宝 紺絲威鎧・兜・大袖付(河野通信奉納)
国宝 紫綾威鎧・大袖付(源頼朝奉納)
国宝 大太刀 銘 貞治五年丙午千手院長吉
国宝 牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵(護良親王奉納)
国宝 大太刀 無銘 伝豊後友行(大森彦七所用)
重文 紺糸裾素懸威胴丸(太祝安用の女、鶴姫着用)
他多数。



今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


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今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う


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今治市・相の谷古墳(乎致命の墳墓)の保存活動を通して今治地域の発展を願う