鶴姫伝説 - 大三島
「しまなみ海道」を歩いて渡る旅の3つ目の島・大三島の写真をブログにアップする前に瀬戸内のジャンヌダルクとも言われる伝説の「鶴姫」のことを少し書きたいと思います。
(このポスターは去年のもの)
実は、私は大三島の「鶴姫」のことが大好きです。
「鶴姫」好きが高じて、転職して2年間大三島に住んでいたことがあるほどです。
当時は空手の指導もしていましたので、「しまなみ海道」開通の年の1999年に「大山祇神社奉納、鶴姫杯・女子空手道大会(防具なしのフルコンタクト)」を大三島で開催することもしました。
大山祇神社の承諾を得て「鶴姫杯」を冠することができましたことは大変名誉なことであり、記念すべきすばらしい大会となりました。
その頃の私の夢は大三島で「鶴姫杯・全日本女子武道大会」を開催することでした。
今でも心の片すみにこの夢を持っているのですが...
「鶴姫」の話は、先々代の大三島・大山祇神社の三島大祝(おうほうり)が物語として書いたものがもとになっています。
今から約500年前に大三島の大山祇神社の姫として生まれながら、大三島を守る戦いで三島水軍の女大将として戦い、勝利を収めながらも恋人を戦で亡くし、わずか18才で恋人のあとを追って大三島の海に身を投げるという悲恋の物語です。
去年一年間、愛媛県の「坊ちゃん劇場」でミュージカルとしても上演され、とても好評だったようです。
ところで、あなたは「鶴姫伝説」を信じますか?
「鶴姫」の話は物語でフィクションですが、女性用の鎧が現存することは事実です。
大三島の大山祇神社の国宝館には国宝の鎧や銅鏡ともに、日本で唯一の女性用の鎧(重要文化財)が展示されています。
胸のところが少し膨らみ、腰の部分がキュッと細くなっていて、明らかに女性用の鎧だとわかります。
目の前で見ると、その昔、瀬戸内の海をこの鎧を着てジャンヌダルクのように大勢の男たちと戦った女性がここ大三島にいたことを感じることができます。(「鶴姫伝説」ポスター画は愛媛出身の智内兄助氏の作品)
鶴姫回想:当時、私が大三島の会社に転職した最大の理由は、実は「鶴姫」にそっくりな女性と大三島で出合ったからでした。 今でも彼女のことは大三島の思い出とともによく思い出します。 これこそ私の中の「鶴姫伝説」かもしれません...
