今治の若い人たちに知ってほしい真の人生の目標 - その2 -
若い頃の私の目標はすべて30代前半までに達成したとお話ししました。
1.極真空手の黒帯を取り強くなること。(十代後半から二十代前半)
2.病気を治すこと。(二十代前半から後半)
3.小学生のうちに高校数学が解けるようにすること。(二十代後半から三十代前半)
4.目標とする月収を得て、結婚し家を建て家庭を持つこと。(同上)
1.の「極真空手の黒帯を取り強くなること」は、今の若い人たちにあてはめると、資格を取ったり、能力開発を目標にすることだと思います。
ひ弱な体力から強靱な体力を持ち、目の前の暴漢に襲われて困っている人を助け、自分の身を守る能力を身につけること。しかも、初段に認定された証明書も持つ、ということです。
さらに言えば、当時は当たり前でしたが、体脂肪もほとんどなく筋肉質のいわゆる”細マッチョ”だったと思います。なぜなら、高校卒業時の体重58kgから、空手4年間の修行後の体重68kg、ちょうど10kg増えたのですが、体重増加は脂肪ではなくほとんど筋肉のみで10kg増やしたからです。(脂肪がつく余裕がないほど激しい稽古でした)
減量したい人は空手のような激しい全身運動、有酸素運動をすれば間違いなく自然な筋肉で理想的な体型に痩せられると思いますが。(今の若い人は苦しいことやキツイことはいやなんでしょうが)
2.の「病気を治すこと」とは、私にとっては苦しいことでした。人に言えるような病気ではなく、今治市内の最初の病院で診てもらった結果、何ともないということで自分ではおかしいと思いつつも、まだ十代だった私はまた他の病院で診てもらうのは恥ずかしいと思って、そのままほっておいたのです。(だいたい想像がつくと思いますが...)
それから約5年後、23才の頃、その病気が体の内部に深く進行し、再び医者に診てもらい、抗生剤をもらって飲んでいたのですが、なかなかよくならず、病院を転々とし、そして、薬の副作用が出ていることを医者に黙って、薬を飲み続けた結果、薬の飲み過ぎによる肝機能障害になりました。
肝機能障害になったと思った日のことを今でもはっきりと覚えています。
その時は肝臓が悪くなったっとは思っていなかったのですが、バイト中の夜12時頃に一人で後片付けをしているとき、突然、天井がくるくる回り始めて立っていられなくなり、しばらく椅子に座り込んでいました。
しばらくして何とか片付けて当時の下宿先に帰ったのですが、その日以降、まったくアルコール類が飲めなくなったのです。
アルコールだけでなく、天ぷらとか肉類の油っこいものの匂いを嗅いだだけで気分が悪くなり吐きそうになったのです。
その後、長らく患っていた病気のほうは京都で専門の医者と偶然めぐり会うことができて完治しました。
完治までに約10年かかりましたが。
肝機能のほうは徹底した漢方薬と玄米菜食を約2年間続けこちらもほぼ完治しております。
肝臓のほうは検査の結果は異常なしですが、つきあい程度の酒は飲めますが悪くなる前のようにはもう飲めません。
空手にもその影響が出ていて、30才の頃、空手を教えていたのですが、直接打撃の空手で肝臓のあたりをたたかれると初心者の突きでも効いてしまう状態で、やはり何ともなかった頃のようには戻らないようです。
また、その当時は「病気が完治しても結婚して子供ができないのではないか」とも悩んでおりました。
3.の「小学生のうちに高校数学が解けるようにすること」とは、そのままですが、塾の指導のことなのですが、実際に小学生がスラスラと高校数学の微分・積分を解いているところを見ると、我々大人は子供たちの伸びる可能性に対してもっと真剣に考えなければならないと思います。伸びる子はどんどん伸ばし、そうでない子もその子なりに伸ばしてあげることができる教育法があるということをもっと知るべきだと思います。
私はこの教育法で西高に進んでほとんど勉強しなくても数学が理解できて高校生活を存分に楽しんでいる子を見ましたし、一方では中学3年のときに教え始めた子は小学校の分数計算も十分でなかったのにわずか一年の勉強で高校数学1年のところまで学習してその後、南高に進んで高校では数学が一番得意になった子も見ました。その子と親には本当に感謝されました。
この成果を他の仕事にあてはめるとすれば、「すべての顧客に対し最短で最高品質の効果をあげ、同時に喜びと満足を与えること」とでもいうことでしょうか。それにより、更に顧客が増えて収入も増える、ということです。その結果、4番目の目標達成へとつながります。
4.その学習塾の仕事により30才の時の当時の手取りの月収目標が40万円でした。その目標を達成できたので結婚し、家も建て、子供も3人できました。子供を無事授かったことで、病気の頃の悩みは完全に消えました。家を建てたのは34才の頃です。
以上、ここまでは苦労をしながらも、若いうちに目標通り結果を出すことができ満足しておりました。
今から考えると、「私は若いのによくやったなあ」と自分で自分のことを感心しています。(笑)
人の「幸せ」ということの定義は難しいと思いますが、要するに「希望がかなった時」が「幸せ」ということなのでしょう。その頃の私は「幸せ」だったということになります。
ただし、人の希望(欲望)はきりがないということも知っておかなければなりません。
希望が叶ったからからそれで「幸せ」というはけにはいかないのです。
18才の頃の自分から34才の頃の私は、体力、能力、そして運命的にも、すべての面で自分を目標通りに変えることができたと思います。
しかし、その後の35才から45才の10年間は私の思ったものとは違う結果になってしまったのです。
私の35才からの人生はあまり人に話せるようなものではないのですが、そこのとこを話さないと今回のテーマ
「真の人生の目標」について語れませんので簡単にお話ししたいと思います。
(つづく)