今治の若い人たちに知ってほしい真の人生の目標 - その1 -
私のライフワークについて書くことがこのブログのテーマです。
まだ少しではありますがこれまでに「相の谷古墳」のことや「オチノミコト(大浜八幡神社)」のことを書きました。
ライフワークというと一生の目標のようなものだと思いますが、できれば実現したいですが、必ずしも実現できなくてもいいもので、一生をかけて追い求める夢や希望でいいのだと思います。
ところで今日は私の本当のライフワークについてお話したいと思います。
本当のライフワークとは「私が生きていくための根本の真の目標」です。
このブログで書いてもどれほどの人が読んでくれるのか、たかが知れているとは思いますが。
私の残りの人生もそれほど長くはないと思いますので、今治という地域を良くするため、今治に暮らす若い人たちのため、ブログという手段を使って、私の経験とあわせて真の人生の目標について少しお話ししたいと思います。
健康になりたい
体力をつけたい
資格や能力を身につけたい
お金持ちになりたい
結婚したい
家を建てたい
希望の会社に就職したい
etc...
若い人は(夢や目標を持っている人はずべて若い人)、「今は違う状況だけど、将来このようになりたい、したい。」
という夢や希望があると思います。
実は私は30までの夢や希望はすべて30代前半までに実現しました。
しかし、目標を実現する前の自分はとてつもなく目標から遠かったのです。
若い頃の私の目標は、
1.極真空手の黒帯を取り強くなること。(十代後半から二十代前半)
2.病気を治すこと。(二十代前半から後半)
3.小学生のうちに高校数学が解けるようにすること。(二十代後半から三十代前半)
4.目標とする月収を得て、結婚し家を建て家庭を持つこと。(同上)
私は昭和33年生まれの今年52才です。
小学校4年の終わり頃、父親を交通事故で亡くし、その後母子家庭で育ち、4つ上の姉が一人おります。
祖父は別宮町で従業員50名程のタオル工場を経営しておりましたが、その後、長男(叔父)、次男(私の父)を相次いで亡くし、最終的にはタオル工場は閉鎖しました。
この父親を亡くしてから私は哲学的な心を持ったように思います。
以下、中学生から高校生の頃に考えていたこと。
一、人間の命は儚いもの
二、なぜ人間は生まれ、また、死んでいくのか、人間は死んだあとどうなるのか。
三、地球や宇宙はどうして存在しているのか、宇宙の果てはどうなっているのか。
四、時間とは何なのか。
五、世の中に神や仏は存在しない、宇宙の真理とは。
心の中ではそんなことを考えていましたが、別に哲学的なことを友達と話すわけではなく高校生まで普通に暮らしておりましたが、高校3年生の時のある事件をきっかけに進路を東京の大学に決め、当時、ブームであった実践空手・極真会館総本部道場(東京都西池袋)に入門し、大学生活とバイト、そして空手の稽古という三重の生活を始めました。
結果、大学4年の時に初段を許されました。(現在は弐段)
空手の技が身についたことは当然のことながら、基礎体力が4年で約10倍になったと思います。
誰にでもわかる体力で表すと次のようになります。(身長は173cm)
空手を始める前: 体重58kg 腕立て伏せ20回位 腹筋50回位 スクワット100回位
黒帯取得した時: 体重68kg 拳立て100回(正拳で行う腕立て) 腹筋500回 スクワット1000回
実践的な強さについては次のように表現できます。
「ケンカの弱かった男が黒帯を取得した後の強さとは、自分や家族を守るため、凶器を持った4、5人(凶器を持っていなければ10名程)の暴漢を瞬時に倒す強さと度胸。」(この場合の”倒す”とは、気絶させるか、戦意を喪失させること)
実践空手・直接打撃の稽古の良さは、まずは自分が痛みを知ること。
そして、人間の急所を知ること。
すなわち、どこに技を当てると人は気を失うか、また命の危険があるか、という急所(経絡)を自分の体で知るからこそ、自分の技をむやみに人に使わなくなる。
私が極真空手を習った頃は”活法”(救命措置法のようなもの)も同時に習った。
もちろん「正義」のためにこそ空手を使うべきで、私闘は遺恨を残し、いずれは自分の身を滅ぼします。
そこで空手は「道」という精神性が尊ばれるのです。(空手道の完成は一万日、約30年かかると言われている)
いずれにしましても、黒帯を取るまでの激しい稽古により、その後の人生を生きていくための勇気と体力と忍耐力を身につけることができました。
しかし、高校時代から患っていた病気が23才の頃、悪化し、大学卒業後は故郷に帰り、一時は就職もしましたが、その後、休養が必要な体となり漢方薬と玄米菜食での療養を続けながら、生活のため実家で学習塾を始めました。(病気のほうは完治しましたが、完治するまでの長い時間の精神的、体力的な悩みは病気を患った者しかわからないと今でも思っています)
学習塾は夕方から2、3時間の仕事ですので、細々と続けることができましたが、元来、哲学的な私は、空手の頃のように(当時最強の空手を求めた)、最強(本当)の教育法を求めて個人の学習塾から大手の塾の指導法を取り入れることにしました。
この大手の塾のK教育法はできるところから始めて子供のやる気を育てながら出来るだけ早いうちに高校数学まで進めることでした。
実際、小学生のうちに高校数学(代数計算、微分・積分)を解く子供を何人か育てることができました。
その子供たちはその後、余裕のある中学、高校生活を送っておりました。
ただし、高校進学のためのことしか考えていない親御さんたちには理解できないかも知れません。
その教育法は高校に入ってからも数学で落ちこぼれないようにし、楽しい高校生活を過ごし、自分の目標とする大学進学とその後の人生の基礎となる学力を身につけることができる教育法だと思いました。
これは、私の経験からきています。
私は今治北高校・普通科でしたが、高校進学の頃、中学の担任に言われました。
「西高でビリのほうより、北高で上のほうがいいのではないか」と。
結局、北高に進学したものの、中学までほとんど勉強の習慣のなかった私は、高校で落ちこぼれることになったのです。
西高だろうがどこだろうが、高校に進んで数学で苦労しなければどれだけ高校生活が楽しいものだったろうか、という自分の苦い経験から、早い段階で高校数学が解けるようになるこの教育法を子供たちに指導したのでした。
その後、病気の回復と結婚を機に、家族を養うため、塾の将来性(少子化)を考えて親戚のつてで再び会社員になることになったのですが...
(つづく)