「仕事で色んなことを見過ぎて
 結婚に夢が持てないんじゃないの?」



などと言われることもあるが、そんなことはない。



先日仕事でお会いしたご高齢の男性のことが
頭から離れない。
半年前に6歳年上の奥様を亡くされて
最近、だいぶ気落ちしている。
愛妻家だったので、なおのこと。
背が高く地味系の
ハンサムで心優しいおじいさまだ。



今まで公の場や職場でお会いしていたが
今回初めて残務のことで、ご自宅を訪ねた。
男性の一人暮らしで部屋が
ぐちゃぐちゃだったりして
と、少し躊躇しながら中に入ったけれど
とてもさっぱりと片付いている。



生真面目で清廉な方で
それがそのまま部屋に現れている。
私の部屋よりきれいだ。



「とてもきれいにしていらっしゃるんですね!」



ダイニングルームのテーブルに案内されると
そこには小さな額に入った、奥様の写真が。



「奥様、お邪魔いたします。」



と、写真にご挨拶をした。



「とてもいいお写真ですね。笑顔が素敵です。
 …奥様、お綺麗な方でいらしたのですね。」



ご高齢の女性だが、表情が瑞々しくて綺麗だ。



「はい、綺麗な人でした。
 年は取ってしまいましたけど
 私にとっては今でも世界一です」



元々愛妻家だとは思っていたが。
奥様はお幸せだ。



良かったね。いももちさんが来てくれたよ。
綺麗な方だねえ。うん、うん。



奥様とお話しをしている。
お返しにお二人に褒めてもらい、私は嬉しかった。
この方は、外でお会いしたときは
決してこんな風な喋り方はしない。
最初は少し面食らったが痴呆ではない。
お家で気持ちがほどけたときは
こういう方なのだろう。




「いつも、食事のときも、こうやって 
 話しかけているんですよ。
 私には彼女の表情が変わるのがわかるんです。
 嬉しいときとか、怒ったときとか」



ねえ、そうだよね?



写真に頬ずりせんばかりに顔を近づけ
その都度話しかける。
私は今、ご夫婦お二人とお話をしているのだ。



こんなに優しい話し方ってこの世にあるんだな…
こんなに優しいお顔で奥様に笑いかけるんだ。
奥様が羨ましいと思った。



「この写真、小さくてちょうど胸のポケットに入るので、外に行くときもいつも一緒なんです」



もうダメ。


不意に感情が突き動かされたときの涙って
ポロポロじゃなくて
ビョッと出ますよね。
ビョッと、出た。



涙はマスクに吸収されるので
ごまかせたかもしれないし
ごまかせなかったかも知れない。



鼻をすすりながら仕事の話を終えたあと



奥様との馴れ初めをお聞きした。
こんなに愛された奥様のお話を聞きたかった。



「いかがわしいところではなくてですね。
 造り酒屋でお酒を運んでくれたのが彼女でした」



「そこを出て、もう一軒行ったあと
   交差点で信号待ちをしていたら
   後ろからここを突かれまして。」



と、自分の脇腹を差した。



「彼女はこーんなに背が小さいものですから。」


と、破顔する。



「そのあとお付き合いをして 
 彼女の家にご挨拶に行くっていう日に
 30分を過ぎても待ち合わせ場所に
 彼女が来ないんです。
 電話をしてみましたら
 まだ家にいるってのんきに言うんです。」



「もう、大した人だよなあって。
 今だに笑い話ですよ」



ねえ、本当に、あなたときたら。
そしてそれから、ずーっと一緒だよね。



「彼女は若い頃から両脚が不自由で
 大変だったと思います。
 本当によく頑張ったと思います」



よく頑張ったねえ
偉かったね



たまらず写真を抱き抱えるようにする。



愛おしくてたまらない



陳腐なようだが
形容するのに、それ以外の言葉が見つからない。



……………


マンションの高層階のお部屋で
開け放った窓からの風が気持ちが良く
本当にいいお部屋ですね、と話す。
贅沢一つせず、夫婦で一生懸命働いて
購入したのだと聞いていた。



この方は、少年の生真面目さの残る
清潔な男性だとは思っていたけれど
こんなに美しい方だったのだと
初めて知りました。



奥様も素敵な方だったのだろうな。



「それでは奥様、お邪魔致しました」



と奥様に深々と頭を下げて辞去した。



また、元気でお会いしたいな。



こんなご夫婦なのに
必ずどちらかは先に旅立ってしまうのだな。



マンションを出たらまたビョッと涙が出たので
そのまま泣きながら駅まで歩きました。