PLAY TIME 1967公開 を観ました。
映画監督は、フランスのJaqcuas Tati。 映画を発明した国、フランスの作品は、実験的なものも多い。この映画も、筋や、台詞より、架空の街での出来事の集まりでした。
Tatiは、「ぼくの伯父さん」で知られてますけど、基本的に文明をネタにしたコメディが主体で、フランスのチャップリンという人もいます。
この映画は、パリの近くに、すごい費用をかけたセットを作って、構想後10年をかけたもの。このためにTatiは、破産したとか。
1960年代は、フランスはアメリカの影響を受けて、工業化が進んでいたそうです。そこまでエネルギーをかけて、彼は何を表現したかったんだろう?
ストーリーはないけど、背景になにかが・・フランス語版ですが、台詞は最小限です。英語訳もでるけど、特に筋が無いようで、人の動きや景色がつながっています。
1960年代、近未来オフィスや、パリに来たアメリカ人観光客団体がネタ。当時の近代化に対する人々の反応をユーモアでとらえている。Tatiは、これから進んでいく工業化文明に対するメッセージを描きたかったのかなあ、って思いました。こんな風に思ったのは自分だけかな?

近未来オフィスを見下ろす・・この映画は、当時、興行的にはうまく行かなかったようです。
多くの人は、新しい文化の方向を気にも留めてなかったのでしょう。
でも当時想像した工業化さえ通り過ぎてしまった50年後の今見ると、直接の批判や風刺でなく、ユーモア、笑いでTatiの思いを表現したこの作品はすごいんじゃないかって、少しずつ感じてきました。
パーティで・・
人々の動きを、とてもていねいに、きちんと描写している。なにげない登場人物みんなが、自分の生活を表現して、それぞれの小さな場面での主役になっている。
ユーモア
まじめな登場人物の、なんとなくおかしな行動。観てる人たちの笑いが続く。きっと自分も撮られたら、笑いの対象かも。でも行動の一つ一つに意味が込められてることが、思い返すと見えてくる。
日本の公団住宅のような・・人々の住まいにも、カメラが向かう。 こんな「箱」に住む人々の、暮らしは笑いの対象なのか。
当時のパリのアパートの暮らしとは、まるでちがう世界だから・・。
終わって
観てるときは、画面の人々のユーモアに観客と一緒に笑ってました。でも振り返ると、中に織り込まれたTatiの強い意志が伝わってきた感じがして。 映画のことは良く知らない私なので、専門家の評論とはちがうかもしれないけれど。
たくさんの映画のスチル写真がならんでいる。よく分からないのに、なぜかフランスやイタリア映画には、惹かれる。
今度は、アランレネのも、みたいなって考えながら、帰途につきました。
まとまりなくて、ちょっと疲れたね。おしまいにして甘いものでも。

