
先日、素敵なブロガー様「すみれの花」ルリ子さんの記事で、今まで拝見したことのないヘレンドの器を見ました。初めての絵柄でした。あまりに素敵なので、しばらくじっと見入ってしまいました。

ヘレンドの「ウィーンの薔薇」はあまりに有名ですね。あのピンクの可愛い薔薇の図柄は、元々は、ヘレンドがエリザベート皇妃に献上したテーブルウェアの図柄に基づいています。(笑)前にヘレンドのボンボニエールをブログにアップした時に少しお話ししましたが、ヘレンドがヨーロッパの各王室で使われる以前、このハンガリーのブランドを愛用されたのは、ハプスブルク家のエリザベート皇妃でした。

あの時代は各地で戦争が勃発しておりました。その戦争を避けるために、エリザベート皇妃は皇帝フランツ・ヨーゼフ1世にハンガリーとの併合を進言し、ハプスブルク家はハンガリー・ウィーン帝国となりました。彼女は語学が非常に堪能であり、ハンガリー語もネイティヴと変わりないほど、上手に話せるように若いうちにマスターしています。侍女はハンガリー人しか採用されませんでした。何よりも皇帝家のプライバシーが世間に漏れないように、細心の注意を払って、神経を使われたのです。ですから、エリザベート皇妃についてはほとんど謎に包まれているのは無理もないのですね。非常に賢明な皇妃でした。また、帝国がハンガリーと併合されなければ、ヘレンドというブランドは有名にはならなかったかもしれません。

エリザベート皇妃(享年61歳)は実は生涯をかけて7カ国語マスターした女性でした。晩年には古代ギリシア語の勉強をされていましたね。ラテン語や古代ギリシア語をマスターするなんて、学者みたいです。(笑)当時は語学を学ぶことは教養だったのです。でも、これほどバイリンガルな皇帝妃だったのは、エリザベート皇妃だけです。フランツ・ヨーゼフ1世皇帝は5カ国語マスターされていましたが、ハンガリー語はマスターされておりませんでした。ですから、エリザベート皇妃がハンガリーとの架け橋になられたのですね。(笑)

若きエリザベート皇妃がいかに戦争を避けるために、夫の皇帝の盾となったかは、非常に危険だったイタリア訪問の時も身体の弱い彼女が一緒に赴いたことで、歴史上立証されています。

しかし、ルドルフ皇太子(エリザベート皇妃とフランツ・ヨーゼフ1世の唯一の子息)の暗殺(心中事件としてお芝居にまで上演されましたが、暗殺されたというのが事実でしょう。)に続き、10年くらいしてエリザベート皇妃が暗殺され、またその後、20年ほどしてサラエボで皇太子夫妻まで(フランツ・ヨーゼフ1世皇帝の甥とその妃)が暗殺されました。3人のかけがえのない親族を失い、とうとう皇帝の堪忍袋が切れて、第一次世界大戦が始まりました。不幸な20世紀の始まりでした。前世紀は戦争に明け暮れた100年でした。科学技術が戦争によって発展し、とうとう宇宙ステーションまで建設されました。しかし、その一方で、この青い美しい星地球の周辺には宇宙ゴミがかなり沢山散らばっているということで、なんとも困ったものですね。

もう二度と、この地球で世界大戦のないことを祈っている日々です。

また明日、お目にかかりましょうね。

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