ドビュッシー生誕150年(4) | 元国立大学教員マダムリララのエレガンスノート

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ドビュッシーの音楽が日本に紹介されたのは明治末期。

日本の雑誌に初めてドビュッシーの 名前が登場するのは1908(明治41)年のことで、内藤濯の評論「印象主義の学才」(『音楽界』同年9月号)おいてである。

『星の王子さま』Le Petit Princeの翻訳者として知られる仏文学者の内藤濯(1883-1977)は当時、東京帝国大学の学生で、フランス語文献と数曲の歌曲を参考にしてこの評論を含む数編を著し、ドビュッシーの紹介を試みた。



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