今井照『自治体再建───原発避難と「移動する村」』(ちくま新書)を読了。

都会の人間から震災避難者に対して無意識に投げかけられる「故郷喪失者」という同情的な眼差しに潜在する「故郷福島=郷愁の対象」という勝手な読み込みとロマンンティシズム。自分のなかにもそれが全くなかったかと問われれば、完全には否定しきれないことへの反省。
失ったのは「ふるさと」などではなく「リアルな生活」であること。「被災者に心情面で寄り添う」ことの空虚。

山口昌男『本の神話学』(岩波現代文庫)を読み終える。

一足先に読了した『歴史・祝祭・神話』とともに、旧中公文庫版が先月岩波より復刊されたもの。
昨年の氏の死去後書店の棚から姿を消していたのだ。
柄谷行人『柳田国男論』(インスクリプト)を読了。
年末年始に挟んだ中断が長引き、先頃読んだ『遊動論』よりも結果的に読み切るのが後回しになってしまった。
どこかで氏が書いていたように、これまでの氏の思索はある意味でこの本を書くためにあったように思えた(年代記的にはこの本から始まったのでもあるが)。「意識」よりも「存在」、柳田とマルクス、フロイト、あるいは漱石という問題は刺激的である。