加藤哲郎『ゾルゲ事件 覆された神話』(平凡社新書)を読む。
今年2014年はゾルゲ、尾崎秀実が処刑されてから70年に当たる。昨年暮れに読んだC.ジョンソン『ゾルゲ事件とは何か』(岩波現代文庫)と併せ、ここにきて漸くゾルゲ事件の本来あるべき叙述がなされつつあることを実感する。それにしても昔読んだ本から受けた印象の強さというのは厄介なものだ。ゾルゲ事件に対する自分自身の原イメージがやはり最初の遭遇=尾崎秀樹の同名の書に規定されているところが強く、払拭すること容易ならざるを痛感する。
同じく現代文庫の『ゾルゲ追跡』も再度読み直さなければならない。
A.ネグリ他『ネグリ、日本と向き合う』(NHK出版新書)を読む。
昨年やっとのことで来日を果たしたネグリ。狭量なる日本国政府に渡航を阻まれれたのが2008年。大震災後の日本はネグリの眼にいかに映ったのか。気づけば80を越したネグリだが、その発言は大御所らしからぬ若さが感じられる。この歳をとってもなお丸くならない点では、彼とチョムスキーの右に出る人はなかなか見当たらない。
昨年から読みかけのままだった小池和夫『異字体の世界最新版──旧字・俗字・略字の漢字百科』(河出文庫)を読み切る。漢字の活字に関する歴史をより深く知る欲求に駆られる。漢字の書記に関する規範主義と記述主義のバランスの取り方、電子化の時代の字体の意味、活字を拾った最後の世代としての死にゆく文化への葬送。