昨日『それでも仕事がしたい』というタイトルで
ブログを書き始めたところ、皮肉なことに
仕事をあまりしたくないなぁと思っている私が、仕事に戻ら
なければならず、話の途中で終わってしまいました。
今日はその続きを、あの勢いのままで書いていきたいと
思ったんですが、いろいろ考えているうちに
まとまりがつかなくなってしまったので、
とりあえず、今日は内輪の話を。
ちゃんと摂食障害で落ちをつけますので、
お付き合いを。
ジョンには12歳になるジャスミンという娘がいます。
(そんなにジャンジャン実名出しちゃっていいの?って
心配してくださる方もいらっしゃるんじゃないかと思うので、
ひとこと。私のブログに登場する名前は全部ウソで~す)
私にとってはステップチルドレン(まま子)ということになり、
私はステップマザー(まま母)というわけです。
ママになりたいと思ったことが一度もない私は、
「ママ」とか「お母さん」と呼ばれるのはとてもとても抵抗があり、
こちらの文化に習って、彼女に「Misao」と名前で呼ばれるのは、
まことに都合がよろしゅうございます。
なのに、母の日にカードやお花をもらったりすると、
感激して涙ぐんじゃったりするところが、軽薄というか
信念がないな~、なんですが。
余談ですが、私は子供を欲しいと思ったことが一度もありません。
拒食症と関係あるのかなぁ?と思ったりしました。でも
拒食症でもお子さんをお持ちの方はいらっしゃるようなので、
これはやっぱり個人の考え、ということなんでしょうかね。
さて、ジャスミンは、体も心もびのびと育っている美しい娘です。
2週間おきの週末に私達の家に来て泊まっていきますが、
この3年間彼女とうまくやってこれたのは、私の努力というよりも、
彼女の健康的に育っている心のおかげ。
ジョンは、ジャスミンを勇気付けるのがとても上手です。
愛情表現もとても上手です。
そしてそれはジャスミンのお母さんも同じ。
私がオーストラリアで出会ってきた親と呼ばれる人たちは、
みな同様に、子供をべた褒めでした。
自分の子供を褒めちゃうわけ?ウソぉ、なんか変よ。変!
最初はそう思いました。でも、どの親もどの親も子供を褒めるので、
しまいに私は泣いちゃいました。
こういう子育もあるんだ・・・というショックで泣いたんですが。
私の知らない親のありかた。
ジャスミンを見ながら、ジョンと時々話すのは、
自分はいつも受け入れられている、ということを感じて育った子供は
強いよね、です。
ジョンも私もそういう子供時代をすごしてこなかったので、
自分は大丈夫、自分は受け入れられている、
自分は愛されている、ということを信じるというか、
愛されているということを受け入れる、という作業を、
大人になってからも、しかも何年も何年もかかってやらなければ
ならず、まだ履修途中。
子供のときに、それをなんなく履修してしまったジャスミンが
私もジョンも、正直羨ましいのです。
子供は子供のときに子供らしく育てられるのが一番いいんだなあ、
と、ジャスミンを見ていてつくづく思います。
大人の顔色を伺ったりすることなく、自分は自分のままで
みんなに愛されている、と思って過ごせる子供時代が
その後の人生にどれほど大きな影響を与えることか、
どんなに貴重なものかを、彼女を見てつくづく思うんです。
彼女は摂食障害にはならないだろうなぁ。
いいなぁ。
ランキングがあがると、嬉しくてまた書きたくなっちゃうんだなあ、
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