普通の生活 それ以外の何も望んではいない | 「拒食症が治ったら」じゃなく、治る前から社会に出よう!世界に飛び出そう!

「拒食症が治ったら」じゃなく、治る前から社会に出よう!世界に飛び出そう!

「拒食症が治ったら、あれもしたいしこれもしたい。」だけど本当は、拒食症が治ってなくても、仕事もできるし海外へも行ける。知恵と勇気を上手に使えば、いろんなことができるんだよね。

昨夜、ある方からメッセージをいただきました。

『病気がさせるドタキャン』を読んで、

メッセージを送ってくださったんです。


メッセージを送ってくださる方は

みなさん摂食障害の拒食や過食、嘔吐で

苦しんでいる方たちです。


その方たちのメッセージを読んでいると

20代、30代の頃の私と重なり、涙が出てしまいます。

人事とは思えなくて、

(迷惑でなかったら) ギュッと抱きしめさせて!!


メッセージを送ってくださった方は、

「1日1日が波風なく平穏に終わることだけを祈り、

それが精一杯」

と話してくださいました。



         摂食障害と私 拒食症の不安で押しつぶされそうになっていた、あの日の私を抱きしめてあげたい



私が摂食障害で苦しんでいたとき、

今の自分が不安で、将来の自分がとても不安で

どうしていいのかわからなくて

助けて欲しいけど、どうやって助けてもらえるかも

わからなくて

そんな私が欲しかったのは

穏やかな一日 ふつうの生活

だれもが当たり前のように手に入れている

その生活。


そして、そんな一日をもつことが

拒食症の私には、どれほど不可能なことだったか。

「私は、何も高価なものを望んでいるわけじゃない!」

「特別なことを望んでいるわけじゃないのに!」


母に泣いて叫んだことがありました。



私は仕事をしておらず、毎日同じ時間におきて

毎日同じことを、同じ時間に、同じやり方でしました。
くる日もくる日も、同じことしかできませんでした。

そして外側だけ見たら、私はいつも同じことしか

しておらず、何の動きもしていないように見えたはずです。


でも、生産的な行動は何一つしていないのに

息をしている、ということだけで、

一日の終わりには精根尽きてしまう

そういう毎日でした。



明日は違うかもしれない

明日になったら少しはいいかもしれない


何年も同じことを期待し

何年も裏切られると

人はあきらめることを覚えるんですね。


私は期待をする代わりに、毎晩

「明日の朝になっても目が覚めませんように

 ずっとずっと眠りから目がさめませんように。」

と祈りました。

さすがに、”死”という言葉を口にするのは気がとがめて・・・


そして朝になって目が覚めると

「また今日も生きなければいけないんだ・・・」 と、涙が出ました。



もしも私と同じような気持ちになっていたら

生意気なようだけど、一言だけ言わせてください。



             太陽は昇ります 必ず。


    摂食障害と私 拒食症の不安で押しつぶされそうになっていた、あの日の私を抱きしめてあげたい



あ、抱きしめていいですか?



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