ロボットが私を見て学ぶ時代、家事すらデータになる。
食器を洗いながら、ふとこんなことを考えた。今のこの手の動きも、誰かにとってはお金になるかもしれない。
ロボットが人間のように動くためには、人間の行動を見る必要がある。しかもかなり細かく。指先がどんな軌道で動くのか、体をどんな角度で傾けるのか、その微細な瞬間をすべて記録しないとロボットは真似ができない。
以前はモーションキャプチャースーツを着て、ロボットのそばでリアルタイムに動作を真似させる方式だったらしい。人が一対一でつきっきりで教えなければならないからコストも大きく、必要のない動作までロボットがそのまま学習してしまうので効率も悪かった。
でも今は、頭にカメラをひとつ乗せて、いつも通り家事をするだけでいい。皿を洗い、掃除をし、片付けをする、その自然な動き一つひとつがデータになり、それがロボット学習用の座標に変換される。副収入になるという人たちの話を聞いて、労働という言葉の範囲がそっと広がった気がした。
中国では都市ひとつをまるごとこのデータ収集の拠点に指定し、住民60万人を動員したという。規模からして違う。そしてこの市場は2030年まで毎年85パーセントずつ成長するという見通しも出ている。
私が何も考えずにしていた日常の動作、それが誰かにとっては技術であり資産になる時代なんだなと思う。慣れていて何も感じなかった手の動き一つにまで価値がつけられるということが、不思議でありながら妙に慣れない。
これからは私がご飯を作り、洗濯物を干す瞬間さえ、どこかで学習データになっているかもしれない。そんな考えが、頭からなかなか離れない。
#行動データ #ロボット産業 #データ労働




