長編物語ブログ -33ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 津田美咲は豊漁祭にある決意をしてやってきていた。勿論良太、デコボコバンドを見るという目的はそのままだが、ここ数日の悩みが少しだけ和らいで、気持ちが楽になったのか、以前の美咲に戻っていた。良太のことだけを考えるという純粋な美咲に。 
 美咲は人ごみを掻き分けるようにして歩いた。匂い立つ出店も子供たちの鼓笛隊も目に入ってはいなかった。
 堀口という記者を追っているのだ。彼がここにいるということは、何の保証もない。しかし、デコボコバンドとSAYAが行動を共にしているのなら、必ず、堀口も現れると思っているのだった。
 良太の前で後ろめたさを感じたくない。現にデコボコバンドに参加するようになってからの良太は見違えるように生き生きとしていた。元々童顔でかわいらしい顔つきをしていたが、それだけでは説明できないのだ、あの満面の笑みにあてられてしまってからは得にそうだ。美咲は自分がひとときでも汚れた思いに突き動かされたのが、たまらなく嫌だった。どう取り返そうとしても良太の前だけでは、浮き彫りになってしまうのだ。だから美咲は決めたのだ。堀口を止めると。お小遣いを合わせても手持ちは二万円しかなかった。でも――何としても止める。
 市場の奥には水槽の中に魚が泳いでいる。魚を買ったり、見物したりする客が並んでいた。美咲は人ごみを避けるように、中を覗こうと足を踏み出した。
 すると、海水の出るホースに躓き転んだ。場所が場所だったのですぐに起き上がったがスカートはびしょ濡れになり、地面を見るとバックが海水をせき止めるようにしてあった。気づいて持ち上げたときには、大分バックが海水を吸って重くなっていた。
「大丈夫?」
 カッパを着た役場の人が心配そうにそう尋ねた。
 美咲はこくりとうなずいたが、瞳が潤いを増し、止めようとしても涙が、次から次へあふれ顎を伝った。
「タオルをあげるから、隠れて拭きなさい」
 どこからともなくそう聞こえ、肩にかかったタオルを握り閉めるようにして、駆けだした。 どうしてわたしっていつもこうなんだろう……肝心なときに何もできなくなって、いつも遠回りをしてしまう。
 美咲は走りながらそう考えた。
 しばらく走って、セメントの柱に隠れるようにし身体を拭いた。バックを開けると、封筒の中に入れていたお金は、札がぴったりとついて、離れなくなっていた。涙をこらえ、バッグから物を取り出し中も拭いた。そして身体を見渡す。染みのように広がった濡れた後はどうにもならない、すぐには乾かないだろう。寒さが身体を蝕むが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。
 ちょうど歩きだそうとしたときだった。海岸沿いに止めてあった、船の上で漁師と話しをしていた集団に目が止まった。テレビカメラを抱えた集団の先頭に、マイクを持った堀口が立っていた。
 美咲は小走りにその場所へと向かった。
 堀口は小皿に乗った、刺身を食べて、
「おいしいですね、これが本当の活き魚なんですね。私たちが都会で食べている寿司は、こう言っちゃあれですけど、ほとんどが弱っている魚か、腐りかけってことになりますね……わたしはもう、東京では魚は食べれません」
 スタッフに振り返って視線を送るとどっと笑いが漏れた。カメラマンはカメラを持ち直すと渡された小皿の刺身を口にした。目を丸くする。
 今はカメラが回っていない、美咲はそう判断して、声をかけた。
「あの……」
 堀口たちは気づかない。漁師の視線が美咲に移ることで初めて堀口が振り返った。
「何でしょうか? 用事でもあるんですか?」
 堀口は美咲を上から下まで見てそう言った。
「あの、ホテルの前で――」
 堀口は漁師に視線を戻し、
「ありがとうございました。いい経験ができました。それでは私共は違う取材がありますので、失礼します」
 丁寧に頭を下げそう言った。
 そして船から飛ぶようにして美咲の目の前に堀口はきた。
「あの、堀口さん! SAYAさんの取材やめてください……お願いします。自分で言っといて都合のいいってことはわかっています!」
 堀口はステージのほうに歩き出した。美咲など視界に入っていないというように、美咲はバッグに入っていた濡れた封筒を取り出した。そして歩いていた堀口の前まで小走りに駆け寄ると、
「これ、少ないですけど……」
 一瞬堀口は封筒を見たが、蔑んだ目で美咲を見て、こう言った。
「あんた誰?」
 美咲は立ち尽くした。どんどん遠ざかる堀口たちにもう声をかけることはできなかった。そしていつまでも堀口の最後の言葉が頭の中で木霊していた。

 
 パイプ椅子に腰掛けていた観客の中から凜は走りでた。ステージに立ってマイクを握っている祖父の下まで駆け寄ると、両手に抱えた花束を渡した。
「じぃちゃん、がんばって!」
 祖父は左手で花束を受け取り、
「ありがとうな、凜」
 と、言ってから花を胸の中に抱いた。
「可愛いお孫さんですね。それでは歌ってもらいましょう。居鶴町の広浦から起こしした。大黒丸の社長さん」
 ゆっくりと祖父は頭を下げて観客に向かって一礼した。市場は見渡す限り人で埋まっている。このカラオケ大会の最後のとりを務める、演歌歌手、鳥羽八郎を見ようとするものも多いのだ。それにステージの右に並んだ歌い手たちは、漁業関係者からなっていて、その社長がこうしてマイクを持つのである。
 生バンドの演奏が始まった。
 すると観客席の後方から、大漁旗を掲げ鉢巻きを巻いた従業員たちが立ち上がった。
「親方ぁ、大黒丸万歳!」
 と数人が拳を上げている。
 祖父は年甲斐もなくうるっときてしまった。そして伴奏も終わると、コブシの効いた演歌を歌い始めた。
 恵は涼子がそんな光景を見て、席から立ち上がりかけたので、
「お母さん、やめてよ、メグはずしいんやけん」
 と言った。涼子は笑っている。
「それにしても、いいな、おとこを感じる」
「おにぃちゃんたち、大丈夫かなぁ」
 恵は伏し目がちに言った。
「大丈夫だろ、でないとゆるせんな。今バンドが演奏しているだろ、あれはな、マスターが無料で全て貸している。演奏している人たちもマスターの知り合いばかりだ。隆たちをバンドとして出すだけで、これだけ回りが動いてるんだ。しかしいい師匠たちをもったなぁデコボコバンドも」
 涼子はステージの横、役員席で顎髭を触りながら、生バンドの演奏を注視しているマスターに手を軽く挙げて挨拶した。マスターは涼子に気づくと、こくりとうなずいた。
「マスターって顔広い」
「広いな、広いというより顔がでかい」
「そんな意味でいったんじゃないんやけん」
「わかってる、広いのも当然だろ、お節介先生だからな」
 と、涼子はそういうと恵が首を傾げ(?)
「メグ、あれの準備はいいな?」
 恵は深くうなずいた。

 隆は真紀の様子がおかしいので何度か顔を見た。しかし下を向いたまま、こちらを見ようとしない真紀に苛立ちを憶えた。隆は小声で、
「おい、どうした、緊張してんのか?」
 と、真紀に聞いた。真紀は首を振るばかりだ。隆は考えていた。こんなとき自分がどうすればいいのか、以前なら一方的に突き放していたが、そんなことではお互いがすれ違ってしまう。恋愛経験のない隆に特別な態度を取れというほうが酷だろうが、とかく男と女は永遠にすれ違いが起きるものだ。
 隆は舌打ちも、悪態もつかずにまずは自分自身の心も落ち着けた。そしてそっと真紀の手を握りしめた。
 辛そうにしていた真紀が顔を上げ、一瞬笑顔を作った。そして頭を下げてまるで自ら暗闇に閉じこもるように、殻をかぶった。しかし繋がれた腕は力強く握られていた。
 一組一組、番が終わるたびに良太の緊張は増していった。喉はからからに渇いて、鼓動は早い、隣にいる恭介の顔を見ることさえできないでいる。やはりあのまま家から出なければよかった。そんな不謹慎なことが頭の中で浮かびは消えていた。
 良太はデコボコバンドで一番技術が下手だと自覚している。案外しろうとの中で恭介が異彩を放ち始めているということに気づいていた。だから怖いのだ。自分一人が仲間うちで浮いているのではないかと。そして口には出さないだけで、心の中で迷惑に思っているんじゃないかと。思考はどんどんと壊れかけのビデオデッキのように、早送りされたり、巻き戻しされたりしている。そしてどの場面も、忠実には再現されておらず、良太は記憶のテープが切れ、それを繋いでいる。そんな幻想まで抱いていた。(ぼくはみんなみたいに取り柄もなにもないのに、恭ちゃんを変えたいだけだったのに)と、そこで思いは止まる。汗が吹き出ている掌も、呼吸が早い唇も、感覚が少しだけ戻ってきた。そして隣にいる恭介を眺めた。
 背を猫背に曲げ顔を下に向け、視線も少し正面から外す。そんな恭介を見たときに、良太は恭介に向かって、ひきつっているが、笑顔を作ることができた。恭介も良太に気づいて胸を張るように座り直した。
 やっと少しはまともな顔つきにメンバーたちが戻ってきたので、胸をなで下ろした。
 この後のことを考えれば、気が重い。普通にバンドをして帰るだけなら何も悩まない椿だが、真紀のことがあるのでやはり、気持ちは重かった。しかしなぜか、胸にはぽっかりと穴が空いて空虚に満ちた風が吹いていた。しかしリーダーである椿は、そんな些末なことと自分の心を否定した。
 ステージ端に彫像のように立つ、少し緊張した役場の人が椿の下にやってきた。メンバーは一般の歌い手の後ろにパイプ椅子を広げて座っていたので、役場の男は観客から見えなくなると一旦ハンカチを出して額を吹き始めた。そして椿たちの後ろに回りこんだ。
「次、君たちの番だから、今鳴ってる伴奏が終わって、歌ってる人が頭を下げたら、席を立って用意して」
 男は影のように後ろからぼそぼそとそう言った。
 椿は少し後ろを見るようにして、
「わかりました」
 と、軽く頭を下げた。
 観客席に向かって男は一礼すると、ステージの右端に歩いていく。椿はどくんと大きな音が胸から広がり振動まで伝わった気がした。唇を噛み立ち上がる。そしてメンバーたちを一人一人見ていく、いつものような気楽な表情ではないが、リーダーである椿は、これなら大丈夫だろうと決定づけた。
「デコボコバンドいくわよ。大丈夫、今日まで死ぬほど練習してきたの、結果がでないなんてことは絶対的にない!」
 椿はそう言って所定の位置に歩いていった。
 次に続いたのが隆だった。飄々と歩くさまはとても十七歳には見えない。隆の後ろにはぴたりと離れないように真紀が続いている。
 一泊間が空いて恭介が立ち上がった。顔色は優れず、手と足が一緒に動いているが、みればまあ、許せる範囲である。
 良太が席を立つとパイプ椅子が倒れた。そして倒れた音を顔をしかめて聞いている良太だっが何とか歩き出した。緊張でステップを踏んでいるように、まるでこんにゃくのようだった。この光景はどうやら観客には別の意味で受けたらしい。どっと笑いが漏れる。
 生バンドのギター奏者の横に置いてあった椿愛用のギターを抱える。そして、「ありがとうございました」と頭を下げると、ギター奏者の女性は椿の耳元で、
「がんばって、それと岩城先生によろしくね。わたしたち忙しいからこのまま東京までトンボ帰り」
 女性はそう言ってメンバーたちと共に左からステージを降りていった。
 隆はマイクスタンドからマイクを取る。それを真紀に渡して、自分は椿から受け取った。
 良太はおずおずと、ベースを取ると所定の位置についた。
 恭介はドラムスローンに腰掛けた。ドラムだけはフルハウスに置いているものだったのだが、きょろきょろと機材を確認している。
 椿がメンバーの様子を見て、司会進行役の女性に目礼した。
「鶴差市、文城高校二年生のバンドでデコボコバンド、題名は……凸凹?」
 司会者の女性に紹介されると、緊張は一気に高まった。
 良太は口から心臓が飛び出そうだと思った。そしてステージから観客を見るとフルハウスのミニライブのおよそ十倍の人が、ステージに向かって視線を投げかけている。良太にとってはあまりにも恐怖だった。
 恭介は固まって動かない。
 真紀と隆がステージの前に立って止まった。
 すると役員席のある方向から一人の少女が踊り出てきた。少女は真紀の前に立つと、
「真紀さんがんばって」
 そう言って、大きな花束を真紀に渡した。
「ありがと」
 ニコリと笑う真紀。恵が戻っていく、真紀はステージの端に花束を置いた。そして中央に戻った。
 いつの間にか椿が真紀の後ろに待機していた。
 ちょうど一呼吸間があって、恭介が椿に確認をして、ステックを叩こうとしたときだった。
 驚いたことに真紀はウィッグをはぎ取るようにして、床に叩きつけた。隆が目を大きく見開く、そしてサングラスを外した。
「真紀、いいのね?」
「うん……」
 そしてマイクに向かって言った。
「私はSAYAです。鶴差出身の芸能人のSAYAです」
 真紀は毅然と言い放つ。このとき事態にいち早く気づいた堀口は、地方のテレビ局を押しのけるようにして前に躍り出た。
 しばらく、真紀の顔を覗き込むと、マイクに向かって言った。
「SAYAさん、今までどこにいらしたんですか?」
 そしてマイクを真紀に差し出す。
「私がどこにいたかなんて、関係ないでしょう」
 真紀は堀口を睨みつけた。
 地方のテレビ局もステージに駆け寄りカメラを回し始めた。
「それがあるんですよ。あなたは失踪したんですからね。山にでもこもっていたなんて通用すると思いますか?」
「ねぇ、あなたでしょう犯人は、すぐにわかるんだから、卑しい顔つき」
「ファンの人たちに対してはどう思っていますか?」
 堀口はまったく真紀の個人的な言には触れない。
 このとき、最前列にいた観客から声が漏れ始めた。
「ねぇ、あれ本物よ」
 と、いった言葉が伝播していく。
 真紀は堀口のマイクを払いのけた。そして、
「私は鶴差の人たちにまず、心からあやまりたいんです。公式な場でもいづれ記者会見を開くつもりです。そして私を……変わった私をみてください。本当にご迷惑をかけました」
 真紀は腰を深く下げ一礼した。そして後ろに控えていた椿に視線を送る。椿はバッグの中に入っていた大きなハサミを取った。
「真紀、最後に聞くわよ……本当にいいの?」
「いいよ」
 そう言って、マイクをしっかりと持ち直して、観客席に向かって言った。
「おれは今日から男になる!」
 真紀の表情はしっかりと観客たちを見つめていたが、瞳からは涙の筋が伝った。椿は真紀の長い髪の毛にハサミを入れて、ばっさりと切った。髪の毛は雪のように床に落ちていく、そしてそれが少し重なった頃、ステージの端に目をやると、椿の懇意にしている美容師が走るようにかけつけてくる。
 隆は唖然としていた。もう開いた口が塞がらないのだ。真紀の自慢の長い髪の毛はばっさりと切られ、不揃いでざんばら頭になっている。美容師がかけつけて、急いで髪の毛を整え始めた頃、本気で真紀がやらかしたと、気づきまた、自分はのけ者にされたということに無性に腹がたった。
 椿は後ろから真紀の腕を握っている。そして振り返り、良太に言った。
「良太、MCで繋ぎなさい」
 椿がそう言うと良太は首を素早く横に振る。
「僕ぅ……無理ですよ」
「あなた、真紀の覚悟台無しにするつもり?」
 椿がそう言うと、良太は顔をしかめ、恭介を見た。恭介は深くうなずいた。
 それから良太のMCが始まった。
「ぼ、僕は羽柴良太です。ベースを担当しています……恭ちゃんとは長い付き合いで親友です。えと……ドラムの人です」
 良太はしどろもどろにそう言って恭介を指指した。
「デコボコバンドっておかしな名前ですけど、あの、僕たちを山中さんがデコボココンビと呼んだことがきっかけです。変ですよね……まだ結成してそんなにたっていません……あの……皆さん」
 良太は観客席を見渡した。そして半拍開けて言った。
「僕、変われてますか? イケてますか?」
 観客達は、SAYAのほうばかり見ていた視線を、少しだけ良太に移した。
「苦しいことが起きたけど、そんなときは大事な人と一緒に口に手を当て、相手の思っていることを自分から話しましょう。そうすると、自然に笑えるはずですよ。こうやってね」 良太はそう言って、満面の笑みでブイサインを作った。
 隆はとても苛立っていた。腸が煮えくりかえり収まりそうにない。自分の知らないところで物事が突き動かされているという不甲斐なさを感じて、拳を握りしめた。
 真紀はどうやら髪を切り終わったようだ。美容師が掃除用具で清掃して、ステージ端に走り去っていった。
 隆は隣の真紀を見た。真紀はにやりと笑った。それはとても美しい姿なのだが、まるで自分を鏡でみているような気分になった。
 椿は改めてメンバーを見る。そしてこくりと合図を送る、これ以上長引かせてはいけないMCを努めてくれた良太に感謝しなくては、椿はゆっくりと所定の位置に戻っていく。 すると隆が床に落ちていたウィッグを拾った。そしてそれを頭にセットして、真紀に向かって睨む。
「こうなったらやけだ、本当に代弁してやる……」
 隆はいつものように顔をしかめているが、ウィッグをセットして元々女顔で身長も低い。どこからどう見ても女にしか見えない。そして真紀がいつもやるように首を傾げてみた。それぞれメンバーの様子を探る。良太と恭介は隆の女装で、緊張が大分和らいだだろう。椿は何だか喜んでいる顔だった。そして横にいる真紀は、
「アリエネェヨ」
 と、苦笑いをして言った。
 そして椿は、申し訳なさそうな顔でステージの横にいた、司会進行役の女性に目で合図を送った。
「それではデコボコバンドでお送りします。凸凹」
 司会者はそう言った。
 恭介がドラムスティックを三度叩いて演奏は始まった。
 太くてはずむようなベースに、多彩な音を奏でるドラムス、良太と恭介はお互い顔を合わせながら演奏している。
 伴奏が終わると、真紀と隆は歌い出した。
「おれがおまえを、チェックチェック」
 隆は左手を口の前に水平に掲げ掌を、表、裏と素早くひっくり返した。掌の中にマイクを隠して歌う。
 真紀は隆の声を聴きながら口を大きく動かし、ステップを踏む。隆の歌声で真紀が歌っていると見せかけているのだ。
 観客たちは外見と声が変わってしまったと錯覚を起こした。どよめきが起こった。
「あなたがわたしを、チェックチェック」
 真紀は左手を口の前に水平に掲げ掌を、表、裏と素早くひっくり返した。掌の中にマイクは隠されている。
 隆は真紀の歌声を聴きながら口を大きく動かし、ステップを踏む。お互いが何度も練習を重ね相手の動きを完全に把握しているからできるのだ。
 どよめきは歓声に変わった。
 今まで何度となく練習を繰り返してきた。良太は意識が高く飛ばされ、まるで自分が浮遊しているような感覚になった。こんな感覚の中でもなぜか冷静に自分はベースを今まで以上にひけているという感覚があった。
 恭介にしてもそれは同じで、リズム隊はしっかりとバンドの柱になっていた。椿は隆と真紀の間に入ってソロもこなしていく、三人は視線を交わしながら、お互いの内面にふれているような気さえした。
 そしてチェックチェックと歌い、自分たちの内面を吐露した詩を歌って、相手の思いを代弁する。
 涼子は観客席から隆の様子を見て、
「あいつもやっぱり、広大さんの息子なんだな」
 と、言った。
 以前は後ろで結ばれていた髪の毛も今では下ろしている。恵は掌を合わせてステージを見守っていた。
「おれたちは凸凹の坂道を転がるように――」
「わたしの気持ちがあなたに――」
 観客は一つの音と意志のうねりを感じて、興奮は絶好超に達した。あのSAYAがリアルタイムでステージにいて、髪の毛をばっさりと切って、男になると宣言した。それを地元というこの場所でやってくれたのだ。
「SAYA!」
「SAYA!」
 という声援が飛び交い始めた。
 伴奏が終わりを告げ、そうして演奏はやがて終わった。真紀が隆を見たので隆は口に手を当て、チェックチェック、
「芸名改め、漢字一文字で鞘、これからもよろしくおねがいします」
 隆がそうマイクで代弁して真紀が身振り手振りで口を動かし、一礼した。
 凸凹バンドのメンバーがステージから降りても、観客席の声援はいつまでもいつまでも続いた。
 晴れ渡る空の下、浜千鳥は海面から高く飛び上がり、沿岸部に並んだ漁船の間を通り抜けていった。体操着に身を包んだ幼子は漁船のマストより高く飛び上がる海猫の姿を見て、傍らにいた老人の手を握った。掌はかさかさで深い皺が刻まれていた。老人は、晴れ渡る空を見上げると満足そうにうなずいて言った。
「凜、晴れて良かったなぁ、時化じゃねぇ、べたなぎじゃあ」
 そう言って凜の頬を撫でる。
「じぃちゃん、くすぐったい」
 凜は目を細めた。そしてマストとブリッヂを見上げた。『大黒丸』という大漁旗がロープで吊され風になびいていた。同じように沿岸部の漁船は大漁旗を掲げている。
「じぃちゃん、大黒丸がいちばんはやい?」
「凜、競争やない」
「でも、大黒丸が一番はやい?」
「この船は本船で十九トンもある、重いから遅いわなぁ」
「じぃちゃん、大きいから早いよ!」
 凜が何を言っても早いといってきかないので、老人は、
「そうやな、今日はないどるし、凜のためにもがんばらないけん」
 と言った。老人が船艫のほうに目をやると、幼子が梯子を渡ってきていたので、大きな声で、
「しゃあねぇんか!」
 と、言った。幼子二人はびくっと肩を震わせた。
「べつにこわくねぇもん」
「おちてもおよげるし」
 凜は二人の近くまでいった。
「あなたたちおとこのくせに、だらしない」
 二人はおどおどとしながら梯子を渡る。そしてブリッヂまで走った。
「すっげえかっこいい」
 と、二人は大漁旗とブリッヂの中を見ながら言った。
「凜、二人は船に慣れてないやろ、おまえがしっかりしてやらないけん」
 凜は腕を組んで鼻を鳴らした。
「さて、みんなそろったけん、そろそろいくど」
 そう言って老人はブリッヂに入りかけたが、梯子を丘に引き上げながら心配そうにしている二人組の両親に向かって手を挙げた。両親も会釈を返す。
 そして老人が中に入ってしばらくしてエンジンがかかる。
 他の漁船も同じようにエンジンがかかった。
 凜は興奮した。この界隈にある漁船が一斉に動きだそうとしているのだ。今か今かとそのときを待った。
「こちら大黒丸、ひよりはどうげぇかの」
 老人は黒塗りの無線機の送話口に向かって言った。
「いいひよりじゃあ、豊漁祭の時期がずれたんも海神様のお導きじゃ」
 老人は窓硝子越しに遠くを見た。
「そうやなぁ」
「大黒丸が一番にでらなな、子供たちものっとるし」
 老人は空咳をした。
「いかせてもらうで」
 そう言って無線をきると、ブリッヂにある赤と黒のレバーを前倒しにした。エンジンはうなるように重低音を響かせた。白い波が岸に打ち寄せる。
 老人は港を出る前、他の漁船たちが動き出したときを見計らって、町中に聞こえるほどの音量で演歌を流した。
 流れる潮風に凜の長い髪の毛はもてあそばれ、髪の毛にいたずらをしようと近づいた二人組に、凜は澄ました顔で言った。
「あなたたち、つきおとすわよ、およげないくせに」
 二人組はその場に座り込んだ。

 朝のジョギングをしてシャワーから出ると、いつも平日であろうと休日であろうと待っている良太が今日は部屋にきていなかった。音楽雑誌を読みながら待ってみたが良太はやってこない。時計を確認した。
「良太君……」
 恭介は考えていた。昨日松尾と三人でゲームをしていたときも様子がおかしかった。いつもならば、一度帰宅してもすぐに戻ってくるのだが、昨日はこなかった。松尾よりも先に帰宅したのだ。おかしい……このままではフルハウスの集合時間に遅れてしまう。
 恭介は急いで用意をし家を出た。自転車を家の前に止めると、さっと一番近い部屋のカーテンが閉まった。恭介はチャイムを鳴らす。一回、二回、しかし何度チャイムを鳴らしても良太は出てこない。自転車は外にあるので間違いなくいるはずなのだ。
 恭介は扉を叩いた。
「良太君、良太君!」
 恭介は声を大きくして言った。しかし扉は開かない。
 携帯電話を取りだして時刻を確認する。今からいったとしても、少し遅れてしまう。恭介は思いきって、今まで電話番号を知らされて、一度も電話をすることがなかった相手の名前の欄を画面に表示させると、決定ボタンを押した。しばらくして電話は繋がる。
「もしもし、や、山中おれ」
「あら、どうしたの?」
 椿の快活な声が聞こえてきた。
「遅れるかもしれないから……」
「どうして、何かあったの?」
「それは、言えないけど……」
 しばらく間があった。
「わかったわ、あなたの家って城西のほうよね」
「うん」
「それなら、城西中学校の前まで行くから、あっちょっと真紀――」
 椿が喋り終わる前に電話はきれた。恭介は手に汗をかいていた。喉もからからだ。山中椿と会話をするときが一番緊張するのだ。振り返って扉に向かう。
「良太君! 良太君! 出てきて!」
 呼びかけを続けたが良太が出てこないので、恭介は業を煮やして裏口へと回った。裏口から良太の部屋を覗き込むと良太はベットの上に腰を下ろしていた。
 恭介はゆっくりと窓に鍵がかかっていないかを確認する。冊子を持って少しだけ押すと隙間ができた。恭介は力を入れていっきに窓を開け、進入した。
 良太は顔を上げてぽかんと口を開ける。
「恭ちゃん不法侵入だよ」
「うるさい! 早く用意して」
 動こうとしない良太に向かって恭介は言った。
「やっぱり僕無理だよ……みんなすごいし……僕なんかがいると迷惑だよね」
 良太は低い声で笑った。
「だって、全国のテレビ局がくるんだよ……僕……緊張で怖いよ。それにみんなに悪い……SAYAさんだっているし、山中さんや隆君なんてプロみたいだし……そんな中で演奏なんてできないよ」
 恭介は黙って聞いていた。橋本恭介は寡黙な人柄で滅多に自分の考えを言わない人間であったが、本人の意図とは別に気づくと口が開いていた。
「おれ、良太君のおかげで学校だって毎日いけるようになった。どんどん変わっていく良太君がうらやましくて、嫉妬していたときもあった。おれから見ると良太君はきらきらと光って見えたんだ。毎日毎日、部屋も掃除してジョギングもして、バンドをしてとても充実してる。それはこれからも変わらない。でも良太君がやらないっていうんなら、おれもやらないし、今日だっていかない!」
 恭介はそう言うと腕を組んで宙を睨むようにしてどっしりと座り込んだ。
 良太は思い出していた。毎日嫌そうに顔を下に向けて学校に通っていた恭ちゃん。僕が髪を切ってからよそよそしくなった恭ちゃん。その一つ一つがまるで自分の反面教師になり、恭ちゃんの姿はもしかすると僕の姿だったのかもしれない。だから僕は少しだけ心を落ち着けていられたのかもしれない。
「恭ちゃん?」
 良太は恭介に視線を送った。二人の目はしっかりと重なった。
「僕、恭ちゃんの気持ちが理解できるよ。嬉しいことと恥ずかしいことは同じだよね」
 恭介は(?)
「ごめんね、急いで仕度するね。僕たちデコボココンビだから頑張らないとね」
 良太は満面の笑みでブイサインを作った。
 しばらくして良太の仕度も終わり、外に出ようかというとき――。
「真紀お願いだから! もっとゆっくり! きゃあああ」
 パタパタと排気音を響かせそこに、椿の悲鳴が混ざり合って、車が到着した。
 椿は真紀を睨んでいる。
「しかし俺様、ここまで変な揺れ方をする車に、初めて乗ったぜ!」
「アリエネェだろ、俺は慣れたが」
 椿が振り返り隆の胸をぽこぽこと叩いている。
「こんなのに慣れてどうするのよ。この変態!」
「おいおい、八つ当たりかよ」
「よぉ恭介!」
 良太と恭介は窓から見ていたが、松尾が気づいて手を上げた。
「いこうか良太君」
「僕ぅ……ごめんね……」
 恭介は良太を見て、
「おれ、少しだけうれしかった」
 そう言い残すと恭介は小走りに車に向かった。

 運転席には真紀が猫背で真剣な表情で道路を見ている。その隣の助手席で椿がつり革につかまって怯えながら、真紀の運転にけちをつける。隆は後部座席から身を乗り出すようにし、シートにつかまるようにして、椿の態度を見てからかっていた。
 松尾たちは後部座席で輪になるようにして座っている。後部座席はシートが取り払われ、車は橋を越えしばらくいくとトンネルに入った。
「真紀、窓閉めなさい!」
「やだ……」
「寒い! 閉めろよ」
 真紀は運転中にも関わらず後ろを振り返る。
「ねぇデコボココンビと松尾君、寒い?」
「俺様たちはこのくらい気にならないっす!」
 真紀は一度うなずいて体勢を元に戻した。
「ほらぁ言ってるじゃない」
「真紀、どうして運転中に後ろを振り向くの? そういうのやめてよね! あたしがその窓から外に落ちたらどうするのよ、早く閉めて!」
 隆は腹を抱えて笑いだした。
「アリエネェヨ相棒、おまえがいくらチビだからってな……その隙間からは落ちないだろう」
 椿は顔を隆に向けると、
「チビだっていったわねあなた!」
 良太は三人のやりとりを見て、
「ねぇあの三人って本当に仲いいよね」
「三人で一人みたいなところがあるよな、音楽性にしても以外とそんな部分ある。俺様、セッションのときに思ったぜ」
「おれたちも見習わないと」
「キモイわ。男三人で!」
 良太はクスクスと笑った。
 車は峠を越えているが、後ろは渋滞になっている。このクラシックな車は普通の乗用車に比べるとスピードが遅いのだ。
「ね、真紀、この渋滞ってあたしたちのせい?」
 真紀はこくりとうなずく。
「豊漁祭にいく人がほとんどだろうな、真紀車よせてやれよ」
「ごめん、そんな余裕ない。別に悪いことしてるわけじゃないし、いいじゃない」
 松尾が渋滞を見て興奮している。
「俺様みなぎってきたぜ!」
「松尾君ってそういう趣味があるの? 渋滞フェチとか?」
「おれ、そういう人とは友達になれない、そういうマニアの人ってすごいよね……」
 松尾は恭介の頭を叩いた。
「おまえな、これだけの人がほとんど豊漁祭にいくんだぜ!」
「どうしてそう言えるの?」 
「見ろよ車のナンバー」
 松尾がそう言うと良太は気づいたようだ。
「県外ナンバーが多いね」
「おまえら、気づくの遅いぞ、良太、朝みたいに怖じけづいたんだろ」
 隆がそ言うと良太はぎくりと顔を上げた。
「おれ、何も言ってないのに」
「そんなものすぐに気づくわ、でもな……別に緊張しててもいい。記憶として忘れないようにしろよ。二度と戻らないからな」
「はい!」
「良太、その……バンド誘ってくれてありがとうな」
 隆はぶっきらぼうにそう言うと顔を背け、前を見つめた。
 真紀はトンネルの手前で車を横付けすることができた。
「ああ、疲れた。ね、隆君変わってよ」
「アリエネェ、おれ二輪しか免許持ってないぞ」
「今のうちに深呼吸してリラックスして」
 真紀は目を丸くした。
「ね、わたしは車の運転うまいよ」
「おまえな、頭のねじが飛んでね?」
 真紀は口を突き出す。そして車は発進したが、エンストを起こして大きく車体は揺れた。椿の悲鳴が車内に響いた。
 そして車は走り出し、トンネルを抜けると市場が見えてきた。 
 そのとき、空を突き抜けるように花火の音が三度鳴った。椿はまた悲鳴を上げた。

 
 居鶴町は鶴差市からは南に位置しリアス式海岸が発達した半島である。人口はおよそ四千人で小学校は四校あった。人口が少ないということもあって、どの学校も生徒不足が目立っていた。ドーナツ型の大きな机を並べ、複式学級が行われている学校も少なくはなかった。長い机の右側に小学校二年生が、左側には三年生がそういった様子で授業が行われていた。しかし過疎地域にやってきた教師たちは、心からこの土地を愛し、生徒たちをじつの子供のように接する。海と山に囲まれて育った子供たちはのびのびと心豊かに育つのだ。
 凜の通う小学校は中浦小学校といって、町内四校ある学校を主導的に『海の子学級』と称された、年に三度四校の学校が集まる行事を執り行っていた。
 凜は青いベレー帽をかぶり背丈には少し大きいドラムメジャーを持って、三十人ほどいる同じ子供たちの先頭に立っていた。大きく深呼吸をして目力を込めて、長く続いた道路を見渡した。凜たちと同じような集団が後三つあって道路の上にマラソンの選手のように並んでいる。サンバイザーをかぶった若い女教師はそんな子供たちを一人一人眺めている。教師は思った。緊張しているものもいるが、とてもはきはきしていると。
「みんなあ!」
 大きな声で言った。また、子供たちを見ていく。
「今日のために頑張ってきたから、緊張しないで絶対にできるからね!」
 教師が生徒の肩をなで下ろすように言うと、子供達は「はい!」と元気良く答えた。教師は苦笑いした。手が震えているのだ。これではどちらが子供だがわからないわ。
 それから、教師は他の教師たちに目礼をした。凜の肩に女教師は手を置く。
「がんばって凜ちゃん!」
「凜、早くしたい。先生みたいに緊張してないもん」
 教師はにっこりと笑うと、
「そうね。それじゃ号令かけて、お願いね」
 そう言って下がった。
 ゆっくりと振り返る凜。ドラムメジャーを胸の位置まで持っていきそれを右斜めに振り上げた。そして一歩を踏み出すとパレードは始まった。鼓笛隊は音の渦と化して道路を闊歩し始めた。

 港には船がびっしりと並びどの船も大漁旗を掲げている。小城舞はそれを見上げて、こんな大規模な祭り滅多にこれないのにと、状況を呪ってしまった。昨日の夜、真紀から突然の電話を受けて「豊漁祭に遊びにいくから、舞ちゃんもおいで」と暢気にもそう言われたのだが、一体全体……この祭りのどこに真紀がいるのかわからないのである。
 港から市場へと入ると人がごった返していた。出店は人で賑わっている。さらに遠くの道路を見渡すと可愛らしい子供たちの鼓笛隊が列をなして歩いている。
 舞は目的も忘れて道路のほうへと歩いていった。鼓笛隊の先頭にいる女の子は指揮棒を片手に歩く姿はとても勇ましく見える。しばらくそうして頬を緩ませ、はっと目的を思い出して歩き出す。こんなことしてる場合じゃないんだった。舞は心の中で吐息をついた。
 道路沿いを真っ直ぐ歩いていると、ステージが見えてきた。そして舞はステージにある垂れ幕の文字を見て歩みを早めた。そこにはこう書かれていた「カラオケ大会」思わず頭を抱えてしまいそうになった。これから真紀が行うことを予想できてしまったからだ……そして辺りを見渡し、「鳥羽八郎」という垂れ幕の横に大きく書かれた看板を見て、自分がこれからどう動けばいいのかが決定された。
「真紀さん……無茶しないでくださいよ……」
 舞は祭りの役員の席を探しながらそう言った。

抱えきれない駄菓子を持てないからといって隆にまで持たせ、その光景を見て、恭介はダイエットをしている身でありながら、イカ焼きを指をくわえるようにして眺めていた。
 すると椿はリンゴ飴から口を放して言った。
「恭介、別にいいじゃない祭りよ、我慢してどうするの」
 椿がそう言うと、恭介は手を動かそうとする、が、良太がジロリと見てその動きは止まった。
「一回が百回、百回が千回に」
 恭介は汗をかいた。確かにそうかもしれない……今までそうやってこの体型ができあがったのだから……。
 するとそんな恭介の精神状態を知ってか知らずか椿はすでに買っていたイカ焼きを恭介の口の中に突き入れた。「うがっ」乾いた声を上げる恭介。
「ありがたく思いなさいよ……リーダーとしてのおごりなんだからね!」
 喜びを千分の一くらい縮小して恭介は、
「あ、ありがとう山中……おれうれしい」
「おおげさね、でもあたしが人におごることは、めったにないことだから、良太は何か欲しいものある?」
 良太は恭介の口に注視しながらお経のように、
「一回が百回、百回が千回に……」
 と唱えていた。それを見た松尾は、良太の頬を叩く。
「もういいわ!」
 真紀と隆はそんな集団からつかず離れずの距離を保っている。真紀が隆の腕を握り出店を見て回ったり、時折囁くように何かを言っている。この光景を見て冷やかすものなどいない。初めのころは隆が一方的にいやがっていたが、今ではそれもない。しかも二人を知れば知るほどこの仲は必然的に映ってしまうのだ。
 恭介はふと道路を見渡した。口を動かしながら、鼓笛隊が列をなして歩いていたのだが、その先頭のドラムメジャーを振っている女の子を見て、固まった。あれは……確か……
「ねぇ隆君、見て! 鼓笛隊よ、可愛いんだけど」
 真紀が指差して言った。そして、
「わたし持って返っていいかなぁ、あの一番先頭にいる子」
 と続けた。
「おまえな……子供はものじゃないし」
「でも、本当、みんな可愛いわね」
「俺様も列に入ってきてもいいか?」
「それだけはやめておけ、ただの変質者にしかみえん」
「恭ちゃん、イカ焼きがそんなに美味しいの?」
 恭介は記憶を探ることに夢中で、我を忘れていた。イカ焼きの味はしていなかった。
 そんなときだった。先頭にいる女の子が、隆たちを見て満面の笑みを作ったのは、それから大声でこう言った。
「恭介! 大好き!」
 凜はあいている左手で投げキッスを送った。凜にとってみればわたしを見にきてくれたと思ったのだろうが、実際、偶然にも見たことは確かなのだが、恭介は様々な注目を集め茹で蛸のように赤くなった。中でもメンバーと松尾の視線が突き刺さっていた。
「恭介……ねぇ犯罪よ、あなた駄目だわ、恋愛は自由だけど……」
「俺様……おまえがロ……ピーなんてしんじねぇぞ」
「何がいけないの? 別にいいじゃないお互い好きなら」
「普通は駄目だ、や、アリエネェ」
 恭介はうずくまった。それからぷるぷると身体を震わせ立ち上がると、
「お、おれ、そういうのじゃない!」
 訥々と経緯を説明すると、皆納得顔だったが、恭介はこのネタはしばらく引っ張られそうだった。
「さすが恭ちゃんだね、そんなことだろうと僕は思ってたんだ」
 良太がそう言うと顔をぬっと出す恭介。
「ほ、ほんとに?」
 良太は身体をのけぞらせた。
「ほんとだよ! 僕も助けてくれたもん、そう言うときの恭ちゃんはすごくかっこいいんだから……」
 松尾が耳に手をあて、
「ん……今、禁断な扉が見えたぞ俺様」
 良太は顔を真っ赤にして反論した。
「僕と恭ちゃんはそんな関係じゃないからぁ、松尾君だけだよそういう変なこと言うのは、みんなはそう思ってないんだよ」
 松尾は隆を見る。それから順次メンバーに視線を合わせていく。
「まぁ……あれだ、俺様だけじゃないみたいだが?」
「みんな勘違いだよぉ……」
 椿は道路の先を見ていた。ステージが見えてきたのだ。
「もうすぐつくわよ、デコボコバンドの晴れ舞台に、みんないい?」
 一同はさっと顔が引き締まっていく。真紀は隆の腕を強く握った。
「ついにきちゃったか……」
 隆が真紀を見て、
「何だ、ついてほしくないみたいな言い方だな」
 真紀は首を傾げて、
「うん、そう思ってるかもしれない……でもね」
 と、笑っていう真紀は口を止めた。