木立に囲まれた一角に古い洋館があった。
外壁は薄いモスグリーン広々とした庭園を区切るように、鉄柵が設けてあった。
男はレトロなスクーターから降りるとジョッキーヘルメットを取って、
タンデムしている女性に言った。
「春さんここがそうかい?」
後ろの女性はこくりとうなずいた。
「市長さんも住みにおけないねぇ、こんな隠微な愛人邸を建ててるなんて……税金じゃないよな?」
男の言葉尻は高音になった。
「知らないもんパパに聞いてよね」
女は頬を膨らませると乱暴にバイクから降りた。
するとバイクは揺れ、
「こら危ないだろ」
バイクを押さえるようにしてスタンドを立ち上げ降りた。
洋館を眺める男。
夕焼け色の空を背に男のハットは表情を隠した。
男は帽子を手で軽く押さえ、深呼吸すると、クールアイビーの背広をびしっとして門を開けた。
「怖いんだからね」
女はそう言って何も言わずに先を歩く男についていった。
ある国に大会があって、時代において最先端な技術がそこにあった。
しかし日本人の技術者集団が、その大会を潰してしまった。
「春さん知ってるかい? この名もない懐中時計の所以をね」
男は手袋を取り出すとまるで赤子を愛撫するかのように、懐中時計を手にした。
しかし春はどうにも男の説明に得心がもてなかった。
それというのもどこからどうみても、ただの懐中時計であった。
「俺にはわかるんだ……ああそうかい、おまえはこんな気持ちでここにいたのか」
男がそうして愛でてるいると、
「どうでもいいじゃんね……問題はだよ、時計ではなく?」
そこで女は首を傾げ(?)
この男を連れて来た意味を考えていたのだ。
そもそも市長の愛人が何者かに殺されたことではなく――。
「わかってるさ、この場所から人が消えたんだろ」
「そう、そうれよ……何かわかる?」
男は時計を優しく懐にしまうと、
「そうだな……この時計がオメガバイタルっていう名前がついてる。この世でたった一つのもの、誰も気づかずに時代の流れに価値を忘れられた」
男がそう言って腕組し黙考に入り込むと、
「すめらぎの経営状態は知ってるいるけれど、元の位置においといてね、それは犯罪」
春がそう言うと、
男は慌てて表情を崩した。
「やぁ悪かったね、こう胸に入れていると語りかけてくるんだ」
そう言いながら今度は、ハットを脱ぐ振りをして、男はすぐ後ろにある本棚に手を、
「いい加減になさい!」
春は天然のかかった男の頭を叩いた。
「わかってるさ」
「何もわかってない……子供達がどんどん消えてるのよ……」
男は視線を斜め右下に移した。
多少、今男たちがいるこの書斎は埃を被って、物達が乾いているように思えた。
男はもう一度懐中時計を手にした。
そこで気づいた。
「春さんこの懐中時計は、最近までここにあったんだ、しかもこれをもってる階級を俺はよーく知ってる、俺みたいに仕事にプライドを持ってない奴らからしたら、カモだよ」
春は、埃まみれな椅子を手で払っていた。
「手が汚れちゃった」
男の話しは右から左であった。
しかし男は続ける。
春は、ため息ついて腰掛けて、男と向かい合った。
「春さん信じてくれ」
「もう信用できない」
「俺と古い物達に誓って」
春は頬を膨らませた。
「続けなさい」
男は一瞬だけ憮然としたが、心得ていた。
彼女は雇用主だと。
「つまりは言い方は悪いが、社会の底辺で暮らしてる子が一人いるってことだ、それだけでも絞れるんじゃないか? この界隈には住めないのはあんたが一番知ってるはずだ」
女は男の顔をじっと見つめた。
「そうね、行方不明事件と殺人事件をくっつけたのは私だしね。一つの共通点にアンティークな物がある」
春はそういって、乱暴に立ち上がると、男が首に下げようとしていた懐中時計を奪い取った。 男は刹那的に発狂しそうな表情を作る。
「あのさ春さん一つ誓ってくれ、その時計俺といるときだけでいい、絶対に肌身離さず持っていてくれ」
男はそう言って踵を返した。
「ああまた怖いんだよ、おいてかないでよね」
「もうここには用はないだろ?」
男はハットを押さえて振り返ると言った。
(時々古い物達は俺に語りかけてくるんだ。今は待っていてくれ。)