椿は電車に乗ってあてどなく旅をしようと思った。しかし一駅過ぎ二駅過ぎたあたりから不安が増していった。このまま遠くへいってしまっても本当に良いのだろうか……。
空腹は思考をネガティブに疲労は行動を制約した。
三つ目の駅で椿は降りることにした。
無人の駅にだれかを待つ者や、椿を向かい入れる者は当然いない。道なりに歩き始めた。するとカレーの臭いが黄昏れどきを知らせた。
ここから見える大通りを越えた所には、小さなスーパーがあったしかしなぜだかそこに行く気がしなかった。
だから家屋が建ち並ぶ歩道沿いをずっと歩いた。こんなときでもギターのことやみんなのことが頭から離れない自分を呪いたくなった。
ときどき椿は孤独を感じる。そんなときは必ずギターと一つになったそうすれば心の中にある暗闇から抜け出せる気がしたのだ。
だれも私のことを理解してくれない。
だれも私を頼らない。
私はだれにも頼ることができない。
椿は暗い思考に沈んでいった。
まず私の不幸は誕生日が十二月二十四日だったことに始まった。
今想えば本当にそう思うのよ。年に二回あるはずの絶対的な記念日が一度で済ませられちゃうんだから……。
だから誕生日のときは決まって悪いことが起きた。
例えば隆と真紀が出会ったのも十二月二十四日、隆と絶縁したのも十二月二十四日、きっとあたしの記念日は全部黒で塗られてるに違いないわ。
椿は辺りが薄暗くなっていることで思考から覚めた。
気づくと街灯りも乏しく、ひっそりと静まり返っていた。右手側に海、左手側に山とあって、少しでも明るい山道を登ることにした。
夜が迫ってくる、椿は急ぎ足で山道を登った。
やがて水路が見え始め、一軒家が見えてきた。辺りはもうすっかり暗くなっているので、あの家の近くで休もうと思った。
椿は古い佇まいの家屋まで行くと辺りを窺った。隣に小屋、水路側に井戸があって、椿はその水路と小屋の間に設けてある石段に腰掛けた。
幸い家屋からの灯りがここまで届いてくるので、今は事欠かないが、灯りが消えてしまうとどうなるのだろう……、椿は急に不安になった。
膝を抱えていた片方の手を背中に当てる
そこにはギターはなかった。
ひくひくと涙がこぼれた
あたし何してるんだろう……もういやだ、だれか助けてよぉ……
椿は膝に顔を埋めて泣き始めた。
こんなことなら逃げなければ良かった……椿は、そこで何かに気づいた。
SAYAは生放送中に逃げ出した。真紀はきっとこんなあたしよりも苦しかったに違いない。
真紀はこんな思いをしてたんだ、そして鞘として前に進んだ。それがどれだけ大変なことかは今の椿には理解できた。変わるということは痛みを伴ったということだ。「椿ちゃんと真紀は親友だよ」椿はここでやっと真紀と自分が対等であるということに気づいた。
隆ごめんね……あなたの気持ちも理解できたわ、自分の苦しむ姿を隆には見せたくはない……あたしってバカね大バカよ。
椿は携帯電話の電源を入れると真紀に電話をかけた。
椿にとってこの日初めて運の良いことが起きた。それは真紀が一仕事終えて楽屋で待機していたということだった。
真紀は携帯の着信を見ると表情を引き締めた。なぜなら椿から初めて電話がかかってきたからである。
そして電話が繋がるとしばらく無音が続いた。
真紀はゆっくりと待った。
「真紀……ねぇお願いがあるんだけど……」
嗚咽をもらした椿の声が受話器口から響いた。
「あたしもう一人で怖いから迎えにきてほしいのよ。寂しいの……真紀……助けて」
真紀は半拍開けた。すると胸にすっと冷静な自分が降りてきた。
「わかった椿、GPS確認してくれる? この電話を切った後、一度だけメールでその位置を転送して、そして真紀が電話をかけ直すから」
真紀がそう言うと、椿は更に泣き始めた。
「お願いきらないでよ」
「大丈夫、信じて真紀を、GPSの位置を転送して、ほら携帯のソフトにあるでしょう?」
「うん、わかった……」
そうして椿は電話をきるとすぐにGPSで位置を確認して、メールで転送した。すると真紀から電話がかかった。
「椿ちゃん今からすぐに行くから、なるべく電話は切らないようにするけど、世の中はそうはいかないときだってあるから、そのときは前もって言うね、待っててよ真紀すぐに迎えに行くから、もう絶対に怖くないあなたは一人じゃない私がいる」
真紀がそう言うと椿は、目を閉じて会話に没頭した。
夜は深く深く落ちてきた。