純白の衣を反射する床には埃一つなかった。
しかしその超大に続く大理石の上を右往左往人々が慌ただしく動き回り、大聖堂の奥の院に向かって伸びていた。女性神官は居住まいも正さず扉を叩いた。
「ジルハ様ジルハ様大変でございます」
髪を振り乱しながら女は名前を呼んだ。何度も何度も、しばらくして扉は開いた。
「様はやめてください。何事でございましょう?」
呼ばれた少女は金髪に碧眼、意志の灯った目力で女性神官を見つめた。
「ジルハ様大変でございます」
「ヨルグ落ち着いてくださいませ」
女性神官は両手を広げた。
「落ち着いてなんかいられません!」
少女は目を大きく見開いてから太陽を模した首飾りを握った。
「申し訳ございません」
「何があったのでしょうか?」
少女はそういってから扉の隙間に目を移した。そして中央にある伽藍に人が尋常でないほど集まっているのを見て、ただごとではないと予感した。
「セルゲイ神官長様が――」
「ヨルグ、私たち旧派は階級や派閥を持ちません。あなた方がひそかに使っていることは知っておりますが、私はそれを許しません」
少女は毅然と言い放った。年長者である女性神官は息をのんだ。
「失礼しました」
少女は目礼で答え先を促した。
「最近、このシルマ大陸で地震が頻発しているのは御存じかと思います。私たち神官は天門会を開き神のお声を毎日伺い、祈りを捧げております。サルマド魔法学術院と連携を取り西に東に支部を行き来し、ここ聖都――」
少女は女を見上げた。
「ヨルグ?」
少女に呼びかけられると女は、自分が肝心なことを何も言っていないことに気づいたのだろう唇を噛んだ。
「ヨルグ?」
女の顔は次第に青ざめていき、息を吸い込むと女はいった。
「イースター神のお声が聞こえないでのです!」
そして少女に向かって倒れていった。少女の身体では大人である彼女を支えきることはできず、二人は大理石の床に転がった。
少女は女を横にし自らは女の身体から抜け出し、楽な姿勢に寝かし直すと立ち上がった。
目を瞑り女の額に手をかざした。
「イースターよこの者に癒しを与えよ」
しばらくして少女の掌は光で包まれた。そして女の身体の輪郭が浮かび上がるように明滅すると光は更に強くなった。
少女は光り輝く部屋を見渡した。
「どうしたというの!」
「我の最期の使徒よ、よく聞きなさい。今すぐ詠唱を断ち切るのです」
静寂が波打った。
「イースターよ、これは一体どういうことなのでしょうか? 私は初級の癒しを使ったに過ぎません」
「良く聞きなさい最期の使徒ジルハよ、私の残された時間はもう余りないのです。
悪しき手の者によって長い時代も終わろうとしています。ジルハよ集中を今すぐ解くのです。でないとあなたは――」
「できません! この集中をとくとイースター、あなたと!」
「良く聞きなさい、いいですか? 私は滅びますしかしこの力と意志は、最期の使徒であるあなたに引き継がれるのです――しかし……あなたはこの力を使えば使うほど命を削ってしまいます。私がいなくなるということはマナーリが消えてしまうということですから……だからわかりますね? 本当に」
そこで声は途切れた。しゃらんと空間が弾けた瞬間、少女は苦しそうに顔を歪めた。
西日が差し込み少女は無表情で窓を眺めた。小鳥が窓の縁に止まりさえずっていた。そして空に向かって飛び立ったちょうどそのとき、少女は大量の血を口から吐いた。少女の純白な神官着は真っ赤に染まった。