マイクを片手に持ち、ゆっくりと歩きながらホテルに手を挙げ指し示す。
男性リポーターはマイクに向かって何かを言っている。
美咲は横断歩道の前からその光景を見ていた。信号が赤から青に変わっても進もうとしないので、サラリーマンふうの男は訝しげに美咲を見て先にいった。
ハンカチを片手に握り足を踏み出そうとしたそのとき、信号は赤に変わっており、車のクラクションが響いた。
「堀口さん、今日は寿司でも食べにいきませんか?」
大きなカメラを抱えた帽子をかぶった男は白い歯をみせて言った。
「やぁ寿司かい、いいねぇ、この町の名物らしいじゃないか」
「さすが、情報が早いですね」
堀口は三つ揃いをびしっと着込んではいるが、どことなく下品な印象だった。
「しかし、SAYAはどうしたのかねぇ」
「この町にもう、いないんじゃないんですか?」
「それはないだろう、確かに空港まではいたんだ。そこからタクシーに乗っている」
スタッフたちと堀口はホテルのロビーに入ろうとしていた。
そこで、横断歩道からいっきに走ってきた美咲は、荒い息を吐きながら、言った。
「あの……待ってください!」
一番後ろにいた堀口は振り返る。
「SAYAの取材できている人たちですよね?」
堀口はスタッフに顔を合わせる。幸い同業者たちには気付かれたふうはない。
そしてスタッフに向かって目礼をすると、美咲に、
「ここじゃあれだから、少し歩こうか、君――」
美咲は訝しんだが堀口がさっさと歩いていったので後に続いた。
歩道にはホテル沿いに植え込みがあった。堀口は辺りを見渡すと、
「うん、ここならいい。そう、SAYAを追ってこんな寂れた町にきてるリポーター」
「やっぱりそうだったんですか……」
「あの、お話があるんです」
堀口は軽くうなずく。
「わたし、SAYAの居場所知ってます」
美咲は手に汗を握っていた。自分がしている行為がとても正しいとは思えない。しかしちょっとくらいなら、とそんな気持ちもあった。
美咲から話しを聞きながら堀口はノートに必要なことを書いていった。その文字を書くスピードは恐ろしく早かった。
「じゃあ、君の名前を教えてくれるかな?」
と、堀口が丁寧な顔を作って言うと、美咲は急に怖くなって、
「いいです。ごめんなさい」
と、言って走っていった。
堀口は吐息をついて生え際の上がった髪の毛をなでた。
ロビーに戻ると、帽子をかぶったカメラマンが立ち上がる。
堀口は首を傾げた。それがスタッフにも伝わり、どっと疲れた声をあげる者、ため息をつくもの、煙草を取り出すもの様々だった。
「やっぱりだめでしたか――」
「まぁガセかなぁ、わたしの好きな人がSAYAさんのこと好きなんです」
話しを聞いたカメラマンは、
「ということは高校生とバンドを組んでいると……ありえますかね?」
「ないだろうなぁ、しかし裏はとっておくよ」
と、堀口がカメラマンの肩に手を置いて言った。
「ご愁傷様です」
堀口は首をならしてロビーの椅子に腰掛けた。
真紀はボイストレーニングで使うピンポン玉を隆に向かって投げつけた。
「きたねぇな、それおまえが口に入れるやつだろ!」
「隆君がわからずやだから悪い」
「今さらメインの曲はやめたほうがいいなんて言われて、はいそうですかなんて答えられるか!」
「でも、マスターやわたしの力を当てにするのはおかしい」
「そうするしかねぇだろうが!」
「子供からお年寄りまでいるんでしょう。いいじゃないそんな斜め上をいかなくても」
真紀はペットボトルを投げつける。隆は本気で怒り、睨みつけ立ち上がった。
「おまえさ、涼子みたいなこといってんじゃねぇよ!」
「いいもん、涼子さんに言いつけてやるぅ!」
椿はチャーハンを作る手を止めて、転がっているペットボトルを手に持つと二人の下までいった。
「あなたちねぇ……いい加減にしなさい!」
と、言って二人の頭をぽこぽこと叩いた。
「だって、こいつが」
「隆もさ、ムキにならない。真紀は物を投げない」
「ねぇ椿ちゃん、わたしの言ってること間違ってる?」
真紀は首を傾げて言った。
「まぁ真紀の言ってることも理解はできるわ、ライブハウスならともかく、カラオケ大会っていうコーナーの最後に、あたしたちの出番があるわけだし」
「でしょ、隆君は充分才能があるし、みんなが聞きやすいような曲でも絶対にすごいってなるよ」
「確かに、おれが考えてるそれを実行してしまうと、受ける受けないじゃなくて、カラオケ大会の規模じゃないよな。機材のことも考えるとなぁ……ああおれが、三十人くらいいたらそいつらに運ばせたりするのによ」
隆がそういうと真紀は笑った。
「ほんと、あたしがいないとだめね、すぐ喧嘩するんだから」
「良太君や恭介君のことも信じよう、ね隆君」
「わかってら」
椿は二人が落ち着いたので昼食作りに戻った。
しばらくしてチャーハンは運ばれて昼食が始まった。
良太は紙とペンを持って難しい顔をしている。恭介が横から覗き込むと、両手に抱えるようにして胸に紙を抱いた。
「良太君……どう? 作詞……おれ……おれ」
恭介はそう言って頭を何度も机に打ち付ける。
「恭ちゃんやめて、バカになっちゃうよ……脳細胞死んじゃうよ」
恭介は恨めしそうに良太を見つめる。
「それ良太君、デマだよ、死ぬわけない」
良太はゆっくり立ち上がり恭介のノートをこっそりと奪いとる。
「あ――」
「何々……おれうれしい、おれはずかしい、何これ?」
良太はノートを持って激しく肩を揺らして笑う。
「良太君のも見せて」
そして恭介は良太の紙切れを取って読んでいく。
「おれ悔しい。良太君の詞、変じゃない」
「でも、よくもないんだよね、こう何かが足りないというか、ぐっとくるものがないよねぇ……」
「おれ、ドラム叩いてるほうがいい」
「うん、演奏してるほうが気楽だよね」
良太はベースを抱え持つと詞を見ながらひいていく、恭介もそれにならい、スティックを出すと、座布団や雑誌がセットされている壁際までいって叩く。
しばらく二人はそうやって文字を書いたり演奏をしたりしながらやっていた。
「こっちのほうがしっくりくるね」
「おれもそう思う」
恭介はスティックを叩く手を止めて、
「おれ浮かんだ! 曲の題名」
「聞かせて!」
そして恭介は良太に題名を告げた。
「いい、やっぱりそれがいい!」
二人はそれから興奮しながら作詞作業を行っていった。
メンバーは集まると一人一人椿に作詞した紙を渡していく、それに目を通していって椿はおもむろに言った。
「だめね、凸凹コンビ二人は、文字が多すぎる。あたしたちのほうは、前の曲を引きずってるわ……困ったわね」
「良太、恭介、急遽一曲になったからな、だから手は抜けない」
「二曲でも手は抜けないわよ」
「二曲目はメロディは完全にできてるのにね、わたし好きだな、これ」
「みんな知らないと思うけど、前に聴いたことあるわよ」
隆と椿以外は驚いた顔をした。
「椿ちゃん、どういうこと?」
「クリスマスライブで俺が歌った」
「あの曲だったんだ……じゃあ真紀の歌になるの?」
「おまえな……」
「僕おもうんですけど、そのときの詞をそのまま使えば、いいんじゃないのかな」
「それがね、大事な部分は聞き取れないし、なんとか隆にメロディだけは復元してもらったけど、詞は憶えてないんですって」
隆は頭を少し下げて、
「面目ない」
「飛んでるもんね隆君はそのとき」
「うん、悟りだからね」
「悟り……おれも悟りたい……」
良太はそのとき恭介の顔を見て、思い出したように、
「山中さん! 恭ちゃんが題名を考えてきました」
恭介は恥ずかしそうにその題名を言うと、椿は顔を上げて、
「でかしわたわ、恭介! あたしいいと思う」
「みんな聞いて」
椿は曲の題名を言って皆納得した。
「ま、それしかないよな」
「うんぴったりだと思う」
「よかったね、恭ちゃん」
「わたしもすごくいいと思う」
隆は自分の書いた詞に一度目を通して、ゴミ箱に捨てた。それから恭介の書いた詞を取って、
「恭介のおもしろい、アリエネェ!」
隆は壁際に歩きながら大笑いしている。
良太は隆が見ていないのを確認すると、こっそりとゴミ箱から隆の詞を持ち出してそれを素早くポケットにしまった。
それから源二やマスター、ユキエがやってきて個人練習に入った。
良太は携帯電話を開いていた。
美咲からのメールが止まってしまって気になっていたのだ。しかし良太は深く考えず、忙しいのだろうと判断していた。
練習が終わる頃にはすっかり辺りは暗くなっている。
空は雲が見え隠れしている。真紀はスタジオの出口から少し身体を出して、空を見上げた。
「いやな天気」
「雨になりそうだ」
隆も空を見上げて言った。
良太と恭介は階段にいて、出口にいる隆たちと向き合っている。
「それじゃ作詞のほう、引き続きよろしくね」
「はい」
良太がそう言うと恭介がコクリとうなずく。
「お、おつかれ」
恭介は逡巡してからそう言った。
そんな恭介の様子を見て椿は言った。
「ねぇ恭介、最近少し変わった? 前より細くなってない?」
「真紀も思った、恭介君痩せたよね、少し、それに明るくなった」
恭介は俯いて頬を染める。
「頑張って」
と、良太が言うと隆は良太の頭を叩く。
「おれ、毎日走ってるから」
椿が顔を上げる。
「えっ、それってあたしが言ったから?」
しばらく間を置いて恭介は、
「初めはそうだったけど、最近は走ることが好きに」
「いいことじゃないか、良太も一緒にやってんだよな」
「良太君はいつもおれが走ってるころ、寝てる」
そう言って恭介は笑った。
「恭ちゃん! そんなことばらさないで、こういうときはね、良太君も走ってるよって言ってくれればいいのに」
「バーカ」
隆はそう言った。
「二人とも頑張ってるね、真紀も頑張らないと」
「ま、気をつけて帰りなさい、城西までは距離あるしね」
「はい。それじゃ、みなさんおつかれさまでした」
「おつかれ!」
三人は手を振っている。真紀は隆に寄りかかるようにして、椿は階段の手すりから見下ろすようにしている。
「あれ、携帯落としてるぞ、これ良太のだろ」
「バカねあいつ」
そう言って椿が拾う。
「あたし、走って追いかけてみる」
椿はそう言って駆け下りていった。
丁度椿が見えなくなるころ、フルハウスの向かいの道路沿いの角からカメラを片手にこの光景をみている者がいた。
シャッターを押すと堀口は口元を歪めて笑いだした。
しばらくして、椿は荒い息を整えるように階段を上ってきた。
丁度そのとき雨が降ってきた。
「やべぇ、雨ふってきたぞ、椿急げ」
椿は階段を走り上がり急いで扉を閉めた。
一部始終を見ていた堀口は笑いが止まらなかった。
あのSAYAがこんな時間に高校生といたのだ。これは特ダネのスクープだ、明日から忙しくなりそうだ。
そんなことを考えながら歩く。
「寿司食わなくて正解だったな」
そう言いながら携帯電話を取りだした。
「俺、あのねぇ本物だった」
「ほんとですか!」
受話器から音が漏れるほど大きな声が返ってきた。
「ほんとのほんと、じゃあおれ今からそっちいくから寿司おごってねぇ」
堀口は甘えるような声をだし電話を切った。
ずぶ濡れになっていたが、しっかりとカメラはバッグの中に入れて抱くようにして歩いていた。