音楽と生活 | imim

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横浜ストリート発!二人組ボーカルデュオ!

まずそもそも音楽とは何なのか?『音』そのものは日常どこにでもある。ではその音がどうやって音楽として成立するのか。
それは、音を発信する人間、そしてその音を聴く人間の両者がいて始めて音楽が成立するのではないか。つまり、音を媒体として、人間と人間の間に存在するもの、それが音楽なのである。そして音楽は芸術のなかでも時間芸術とされ、絵画などの空間芸術とは異なり、目に見えない『音』としてだけでも芸術として評価される。
ときに音楽は、人の喜怒哀楽をあらわし、癒しや慰め、または共感などをしながら人々の生活に密着して存在してきた。またその形は、地域や社会的背景によって様々な変容を遂げ、現在では楽譜、CD、データなどの媒体を通し、作曲家、作詞家、演奏者、あるときは編集者たちによって鑑賞者の元へと伝えられるようになっている。そうした中で人々の評価も、作曲家を好むもの、演奏者を好むもの、編集者を好むものなど、評価の視点も多岐に渡る。
では、その人々の音楽の好みはどのように決められているのだろうか。例えば、好きな音楽があるとして、それは曲自体が好きなのか、ほんとはその演奏者が好きなのではないか。あるいは歌詞が好きだとして、それを全く異なる曲で聴いていても好きと言えただろうか。音楽の評価の多様化により、音楽芸術の評価の仕方は様々だか、こうした人々の好みの基準は先天的なものか、あるいは後天的なものなのか?答えは後天的である。
例えば、日本独特の音楽といえば演歌が挙げられる。これには四七抜きという音階が用いられていて、それが演歌の独特の風味を醸し出している。この音階を持つ演歌に日本らしさを感じ、好む人々は現在も多く存在する。これは、その四七抜き音階を聴いて生活してきた人々が後天的に身についた好みなのである。このように世界中の国々で、独自の音楽の文化や形が数限りなく生まれ、人々の暮らしを反映している。
こうして音楽は様々な形で人々の生活の中へと密接に関わって存在しているといえる。







大学の『創造の方法』という講義で自分が論じた文章です(笑)








この授業面白かったな







KEN