私はメモ魔です。
ほぼ日手帳を日記帳の代わりに使っていますが、
一日1ページの半分を日記に、もう半分をメモ帳にしています。
知らなかった言葉とその意味を書き留めたり、
読んだ本や見たテレビで感動した言葉を書き留めたりします。
いつも読んでいる雑誌から、
今回は一つのコーナー丸ごと読まないと感動しないので、
ワードに転記して残しました。
こういう作業も時々します。
コピペではなく、実際にノートに文字で書くか、
連載などはPCに打ち込みます。
深く心と記憶にとどめておきたいことは、
必ず自分で文字にするようにしています。
それでもどんどん頭の中の消しゴムが消していくのですけどね・・・。
今回のエッセイを紹介しますね。
美空ひばりさんのインタビューに感銘を受ける
五木寛之さんの感性に
私は感動を覚えました。
ほんの小さな心の動きの連鎖が、今日のブログになりました。
これが人間だと思い、また今日、一人感動しています。(こんな自分がきもい・・・(笑))
【以下転記】
“息を切っていた時と、切らなくなってからでは、拍手の音が違う”
この言葉は、美空ひばりさんと雑誌の対談をしたときに、彼女の口から聞いたものである。
1984年の初夏のことだったと思う。
その日、彼女は子供のように笑い、女子高生のようによく喋った。その時の対話の記事を読み返してみると、あらためて歌に対する誠実さに感動するところが多い。ヒット曲『リンゴ追分』について、彼女の言葉をそのまま再録してみよう。
美空:米山正夫先生にいただいた『リンゴ追分』を一時、私は〽えーええ・・・と「え」をのばして節をつけるところで、一ぺん息をついて歌っていた時期があったんです。
いつ頃でしたかパーティで米山先生とお会いしたら「ひばりちゃん、ちょっとちょっと」と手招きなさるんで「なあに」と片隅に二人でいきましたら「『リンゴ追分』の〽えーええのところね、最近どうして変えて歌うの。あそこで息つかれちゃって、ぼくびっくりしちゃったよ」と言われたんです。
それではじめて気がついたんですね。「昔は息ついてなかったんですね」「そうだよ、ひばりちゃん、息つかないからいいんじゃないか」と。
私はいいことを聞いた、と思って。わりと素直ですから(笑)それから後は『リンゴ追分』を歌うときには、絶対に切らないわけですよ、いくら苦しくても。
昔の歌は昔の声で歌うといっても、『リンゴ追分』みたいな味のある歌になりますと、少し今の大人の声になるわけです。そうするとやや遅いテンポになって、呼吸が長くなって息に多少負担がかかっていたのかもしれませんね。
苦しいのと感情移入がいっしょになって、ふっと息をついて、次の節を出していたんだと思うんです。
そのひばりのずるさというものを作者である米山先生はしっかり聞いていらして、我慢できないから
「ちょっと、ちょっと」と呼んで知らせてくださった。その運の良さ、気付いた以上は直さなきゃいけない、と。
これは私の思いすごしかもしれませんが、(両手を広げて)〽えーええ、で息を切っていた時と、息を切らなくなってからでは、拍手の音が違うんですね。
そう私は感じたんです。これでよかった、と今でも思っていますけど。運がよかった。そういうことを知らされて、と。
私たちは美空ひばりは天才的に歌がうまいので、自然にのびのびと歌っていると思いがちだ。しかし、実際には一瞬の間のとり方にも、プロフェッショナルな思索と研鑽が隠されている。そして歌唱と聴衆の反応に対する細やかな感受性が、その歌を支えているのだ。
かつて平安時代に、後白河法皇が当時の歌謡曲である今様の名手に深く心酔し、教えを乞うた故事を思い出す一夜だった。『リンゴ追分』を聴くと、いつもその言葉が頭によみがえってくる。
―忘れ得ぬ人忘れ得ぬ言葉 作家 五木寛之 (雑誌 致知2018年12月号より)