みうらじゅんさんは仏像が好きだそうです。

仏像をかっこいいと思う気持ちは

ウルトラマンの怪獣をかっこいいと思う気持ちと同じ

という話を聞いて

仏像と怪獣が結びつくことがよく理解できませんでした。

 

仏像といえば、穏やかな表情で人々を見守るイメージをしていることが原因です。

みうらじゅんさんが仏像を好きになるきっかけは

京都 東寺の「立体曼荼羅」だそうです。

WEBで調べてみたら…納得です。

平面の曼荼羅図が実際の仏像で作られていて、

大日如来の周りに衛星のようにいろんな仏様がいるのですが

「〇〇天」という名称の仏様?が怪獣っぽいです。

 

奈良時代や平安時代は

こういう仏像がある意味娯楽も兼ねた存在だったのかしら?

怪獣(〇〇天)に囲まれるウルトラマン(大日如来)みたいな。

(かなり荒っぽい言い方ですけど…)

 

と思っているところに

「今日(2022年8月8日)のダーリン(ほぼ日)」のなかで糸井さんが同じようなことを書かれている。

(こちらは丁寧に書かれていますよ)

憧れの糸井さんと同じようなことを考えていることを知って

ちょっとうれしくなりました。

 

みうらじゅんさんを好きなみどりさん

みうらじゅんさんの話を聞かせてくれて、

みうらじゅんさんと出会わせてくれてありがとう。

おかげで立体曼荼羅のことも知ることができて

糸井さんと同じタイミングで同じようなことを考える喜びも感じることができました。

 

昨日と違う自分になったことを実感します。

金沢駅から北鉄に17分ほど乗って終点の「内灘」という駅に行くと

レンタサイクルに乗って観光スポットを巡ることができる

という話を案内所で聞いたので

鉄道好きな母子はワクワクで出発。

 

ワンマン電車も

ワンマン案内所も素敵。

 

電動自転車を3時間500円でお借りして、

まずは内灘の海岸へ

素晴らしく美しい海!

けれどもいろいろ回りたいので、しばらく遊んでまた自転車をこぎ出します。

 

サイクルロードって書いてある道だと思い込んで走っていましたが、

全然自転車にやさしくないただの車道プラス歩道・・・

行けども行けどもマップにあるようなスポットが現れず、

通りすがりの地元の小学生に「おばちゃんたちは今どこにいますか?」って

マップを見せるも「わかりません」と言われてしょんぼり。

 

何とか向かうべく方向だけは確認して大きな橋まで到着したけれども

また現在地不明に・・・

陣寿司というお寿司屋さんに入っていって

「ミルクファームに行きたいのですが、この地図のこの道を行けば到着できますか?」

と尋ねるも、「だめだめ。口で教えられるような道じゃないよ。車でも距離があるし。教えられない」

と言われて泣きそうになりながら息子にそのことを伝えると

「行くしかないだろう」と、恐ろしい坂道を下り始める。

 

ひえ~たくましいんだか、無鉄砲なんだか・・・

とにかくマップを頼りに行くと、茂みから少し顔を出した「ミルクファーム」の看板発見!

3キロか・・・。距離的には行けそうだけれど道が・・・

テレビでしか見たことないような、どこまでも続くまーっすぐな並木道。

歩道が無くて、車道の端っこを走るしかない。

「どうするよ?」と息子に聞くと

「行くしかないだろう」って・・・まじで?

これ行ったら、同じ道を帰ってこないとダメなんだぜ?

端っこ見えないぜ?目的地も見えないぜ?

「行くぞ!」って、サドルを最大まで下げた大人用電動自転車をこぎ始めたよ。

ふらふらしながら並木道の車道のぎりぎり端っこを自転車で走る息子の背中を追いかけながら

頼もしさに打ちひしがれている母も、

涙で曇りそうになる視界に車道ラインを見失わないように走るので必死でした。

 

どこまでも続く並木道に電動自転車をこぐ母子を

車がセンターラインを大きく超えながらよけて通り過ぎる・・・

 

滑稽な絵面に似合わない息子の成長への感動。

ただ自転車をひたすらこぐ時間が旅の最高の思い出になりました。

 

神様がくれた贅沢な二人だけの旅

 

※内灘の観光担当の方、とにかくマップに縮尺を記載してください。

 すぐに行って帰ってこれるような描き方のマップのために

 えらいことになりましたので・・・m(__)m

 

私はメモ魔です。

ほぼ日手帳を日記帳の代わりに使っていますが、

一日1ページの半分を日記に、もう半分をメモ帳にしています。

知らなかった言葉とその意味を書き留めたり、

読んだ本や見たテレビで感動した言葉を書き留めたりします。

 

いつも読んでいる雑誌から、

今回は一つのコーナー丸ごと読まないと感動しないので、

ワードに転記して残しました。

こういう作業も時々します。

コピペではなく、実際にノートに文字で書くか、

連載などはPCに打ち込みます。

深く心と記憶にとどめておきたいことは、

必ず自分で文字にするようにしています。

それでもどんどん頭の中の消しゴムが消していくのですけどね・・・。

 

今回のエッセイを紹介しますね。

美空ひばりさんのインタビューに感銘を受ける

五木寛之さんの感性に

私は感動を覚えました。

ほんの小さな心の動きの連鎖が、今日のブログになりました。

これが人間だと思い、また今日、一人感動しています。(こんな自分がきもい・・・(笑))

 

【以下転記】

“息を切っていた時と、切らなくなってからでは、拍手の音が違う”

 

 この言葉は、美空ひばりさんと雑誌の対談をしたときに、彼女の口から聞いたものである。

 1984年の初夏のことだったと思う。

 その日、彼女は子供のように笑い、女子高生のようによく喋った。その時の対話の記事を読み返してみると、あらためて歌に対する誠実さに感動するところが多い。ヒット曲『リンゴ追分』について、彼女の言葉をそのまま再録してみよう。

 

 美空:米山正夫先生にいただいた『リンゴ追分』を一時、私は〽えーええ・・・と「え」をのばして節をつけるところで、一ぺん息をついて歌っていた時期があったんです。

 いつ頃でしたかパーティで米山先生とお会いしたら「ひばりちゃん、ちょっとちょっと」と手招きなさるんで「なあに」と片隅に二人でいきましたら「『リンゴ追分』の〽えーええのところね、最近どうして変えて歌うの。あそこで息つかれちゃって、ぼくびっくりしちゃったよ」と言われたんです。

 それではじめて気がついたんですね。「昔は息ついてなかったんですね」「そうだよ、ひばりちゃん、息つかないからいいんじゃないか」と。

 私はいいことを聞いた、と思って。わりと素直ですから(笑)それから後は『リンゴ追分』を歌うときには、絶対に切らないわけですよ、いくら苦しくても。

 昔の歌は昔の声で歌うといっても、『リンゴ追分』みたいな味のある歌になりますと、少し今の大人の声になるわけです。そうするとやや遅いテンポになって、呼吸が長くなって息に多少負担がかかっていたのかもしれませんね。

 苦しいのと感情移入がいっしょになって、ふっと息をついて、次の節を出していたんだと思うんです。

 そのひばりのずるさというものを作者である米山先生はしっかり聞いていらして、我慢できないから

「ちょっと、ちょっと」と呼んで知らせてくださった。その運の良さ、気付いた以上は直さなきゃいけない、と。

 これは私の思いすごしかもしれませんが、(両手を広げて)〽えーええ、で息を切っていた時と、息を切らなくなってからでは、拍手の音が違うんですね。

 そう私は感じたんです。これでよかった、と今でも思っていますけど。運がよかった。そういうことを知らされて、と。

 

 私たちは美空ひばりは天才的に歌がうまいので、自然にのびのびと歌っていると思いがちだ。しかし、実際には一瞬の間のとり方にも、プロフェッショナルな思索と研鑽が隠されている。そして歌唱と聴衆の反応に対する細やかな感受性が、その歌を支えているのだ。

 かつて平安時代に、後白河法皇が当時の歌謡曲である今様の名手に深く心酔し、教えを乞うた故事を思い出す一夜だった。『リンゴ追分』を聴くと、いつもその言葉が頭によみがえってくる。

 

―忘れ得ぬ人忘れ得ぬ言葉  作家 五木寛之 (雑誌 致知2018年12月号より)