最近、仕事で築地に足を運ぶことがあります。興味をそそる街ですね。どんな街なんでしょうか?
築地と言えば、市場ですね。魚河岸の名で親しまれる東京都中央卸売市場、築地市場。開設は、昭和10年と言うことで、70余年ほどなんですね。もっと古くからあるものかと思っていました。
もともとの始まりは江戸時代ということです。1603年、徳川家康が江戸城内の台所をまかなうために、大阪佃村から漁師を呼び寄せ、江戸湾内での漁業特権を与えました。漁師たちは幕府に納めた残りの魚をを日本橋で売るようになったということです。これが「魚河岸」の始まりらしい。つまり始まりは、築地ではなく日本橋。その後、組織、流通網を発展させて、魚河岸は賑わいを見せていったようです。
明治時代になり近代化に歩み始めると、人口増加による取り扱い量の増加で、取引の乱れ、衛生面の問題等を抱えるようになり、市場として機能面での強化が叫ばれ、公設の市場を望む声が高まってきました。
大正12年に、「中央卸売市場法」が制定され、市場は東京市が指導、運営し、衛生的で公正な取引による価格と品質の安定を目指す方向へと。
そんな矢先の関東大震災で東京が焼けつくされ、日本橋の魚河岸は、その幕を閉じました。同年12月には芝浦に仮設市場が設営されますが、交通の便、市場の広さで十分とは言えず、東京市は海軍省から築地の用地を借り、暫定市場として開設しました。
昭和10年2月、築地に広さ約23万平方メートルの東京都中央卸売市場が開設され、その後太平洋戦争が勃発、食品は配給統制へ。統制解除の昭和25年以降は、市場の働きが回復し、入荷量が増えるにつれて人々の食生活も安定の方向に向かいました。
時代を越え首都圏の胃袋を支えてきた築地市場は、平成24年に江東区豊洲地区に新市場として生まれ変わります。
築地市場は日本を代表する人災天災を乗り越えて、今日に至っているんですね。移転後も日本の食の安全を象徴するようなランドマークになって、全世界の食の安全、安心を牽引していって欲しいものです。打たれ強い築地市場のこれからに、期待は膨らむばかりです。そんな築地市場に、拍手。
皆さんも是非、築地に足を運んでみてくださいね。
本記事は、「築地今昔ものがたり」を参考、一部引用させていただきました。
太平洋・インド洋・大西洋のバチ鮪と黄肌鮪の赤身のサクだけをサイレントカッターを用い包丁で切るようにして、つなぎに大豆油を使用しております。大豆油のみ使用しその他の混ぜ物がないので、歯応えも食感も自然な味がありしつこくなく、ご飯やお酒の肴に大変良くあいます。
★築地市場で創業100年★【北海道産 天然 ほたて貝柱 【生】12...![]()
そのままで十分甘い貝柱は、何といってもお刺身でどうぞ。ぷりっとした食感と、口の中で広がる甘みは最高の鮮度と素材ならではの味わいです!薄くスライスし、香草とマリネにすると、上品でさわやかな前菜が出来上がります。おいしいジュースが逃げやすいので、加熱するならフライや天ぷら、バター焼きがおすすめ。ふんわり甘い食感がたまりません!殻からはずし、酒や醤油をかけて貝焼きにすると風味があります。
