防御的退行
『防御的退行』このブログで難しそうな言葉を使うのは初めてかもしれない。わたし自身も、ついさっき見つけたばかりの言葉だし。なので、実は、意味も殆ど理解出来てはいない。ただ、感覚的に、あっ、これ、自分っぽいって思った。フィンクの危機モデル衝撃→防御的退行→承認→適応みたいで、医学とか看護系の用語として扱われるみたい。わたしの行動が幼い、幼く見えるのって、これじゃないかな……と、思ったので、備忘録として書いてみている。言い訳に見えるなあと書いていて思っている。自分にとって大なり小なり衝撃があると、退行が起きて、毎回それを認めようとして、適応しようとして……ってなっているなと言葉にしてストンと落ち着きが見えてきた気がしたので。良いことも悪いことも、衝撃は日々起こっている。大きいと、それこそ何年か単位で引きずるし、小さければ一日で乗り切れる。外に出る行動はそれらの衝撃が複雑に絡み合っているから、ただただ退行しているようにしか見えないけど。他人の中、心まで考えて言動できるわけがない、それは当たり前です。なので、他人に対してそんなことがあるんだと考えなくていいと思います。わたしも、誰かに自分のことを考えてほしいと思っているわけではなくて、自分のことを知る為に今書いているので。なんか、こういうのを歌詞にしたら面白そうという発想は今湧いたんです。けど、形になるのは遠いかなあ……因みに、元々調べようとした言葉を調べたら、防御的退行より難しい内容だったので、また後日紹介できたらしようとは思うけれど、厳しいかも……でも、紹介してみたいなあ……