<スッキリしない今日の天気は戦没者の気持ちを表しているんだろか?>
終戦記念日の今日、小泉首相が靖国神社を参拝した。
参拝には賛否両論あるだろうが、オイラは参拝を支持する。
そして「靖国参拝」について、少しでも多くの国民が改めて「戦争と平和」について考える「きっかけ」になれば良いと思う。
オイラは「靖国神社参拝に関する政府の基本的立場」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/yasukuni/tachiba.html )を改めて読んでみた。
小泉総理は、今日の日本の平和と繁栄が、戦没者の尊い犠牲の上に成り立っているとの強い思いを抱いている。そして、祖国のために心ならずも戦場に赴き命を落とさなければならなかった方々に対し、心からの哀悼、敬意及び感謝の気持ちを捧げると共に、戦没者が目にすることができなかった今日の日本の平和と繁栄を守ることの重要性を自覚し、不戦の誓いを込めて、総理の職務としてではなく、一人の国民としての立場で靖国神社に参拝している。
小泉総理の靖国神社参拝が、過去の軍国主義を美化しようとする試みではないかとの見方は誤りである。総理はかねて、靖国神社への参拝は、多くの戦没者に敬意と感謝の意を表するためのものであり、A級戦犯のために参拝しているのではなく、また、日本が極東国際軍事裁判の結果を受け入れていることを明言している。総理はまた、我が国が、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」ことを認め、「歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻」むべきことや、「世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意」であることを、繰り返し表明している。この考えは、最近では4月のアジア・アフリカ会議での総理の演説において、世界に向けて明確に発信され、戦後60年にあたる8月には、総理の談話として発表された。
今日の東アジアは、世界でも有数の発展した地域となる機会を得つつある。将来の東アジア共同体形成も共通の課題となっている。日本は、この歴史的転換点にあって、東アジアの未来のため、建設的に貢献していく決意であり、そのため、中国・韓国を含め、アジア近隣諸国との友好協力関係を極めて重視している。日本はすでに戦後60年間、この姿勢を行動で示してきた。そして、今後も、近隣諸国との関係を一層強化し、東アジア地域の平和と安定に貢献していくことが、日本の最重要政策の一つである。
この文章を読むと、どうも所々に「違和感」があるんだよな。
>靖国神社への参拝は、多くの戦没者に敬意と感謝の意を表するためのものであり、A級戦犯のために参拝しているのではなく、また、日本が極東国際軍事裁判の結果を受け入れていることを明言している。
だったら、戦没者の中でも
「違和感がある」
と言われる、A級戦犯の「分祀論」を国会で真剣に議論すべきなんじゃね?
>日本が極東国際軍事裁判の結果を受け入れていることを明言している。
と言っているのであれば、なおさらだと思うんだが。
オイラは我が国が過去に行った戦争の結果責任をいまだに明確にしていないのが、靖国参拝問題の大きな障害になっていると思う。
んで「東京裁判はインチキだ」とか言う人がいるけど、戦勝国が戦敗国を多少理不尽な形でも裁くのは当然の事だと思う。
だって負けたんだぜ、我が国は。戦争なんてそんなもんだろ。
A級戦犯ってのは要は指導部にいた連中だろ。(勿論そうじゃない人もいるが)
そりゃ統制されてマトモな情報が何も入らないような異常な世界で死んでいった一般の戦没者と一緒に祀られてるのは明らかにおかしいと思うのは当然だと思うんだが。
会社だって、倒産したら経営の責任はどこにあるかっていったら幹部連中だろ。
まあ会社と同じ論理で話すのは強引かもしれないけど、そんなにおかしくもないと思うんだが。
そのA級戦犯の孫とやらがテレビに出て勝手な事を話してるのに、オイラは強い憤りを覚えるんだよな。
んで毎度お馴染み「中国と韓国」の非難だけどさ。
別に彼らを擁護するつもりは全くないけど、やっぱり今のままでの参拝を続ける限り、非難されるべくしてされていると思う。
だって結果として
「A級戦犯と言われる戦争を指導していた連中、乙!」
って言って参拝をしてれば、過去の軍国主義を美化していると思われても仕方ないと思うんだよね。
それはオイラ達がいくら「違うんでつよ」って言っても説得力がないんだよな。
小泉さんには無理だろうから、次の総理にでもやってもらいたいよな。
そうじゃないと、国民だって不幸だろうよ。
きっちりと落とし前をつけて、胸を張って参拝できるような状況を整えてほしいもんだね。