私が愛した小劇場のいま | 後輩が怖すぎて食堂に行けません

後輩が怖すぎて食堂に行けません

一人生んで職場復帰したら、仕事もろくにできない後輩から「パートじゃダメなんですかぁ?」と言われて傷ついてから食堂に行けなくなったメンタル豆腐の女。いわゆるワーママ。できるかも分からない二人目不妊治療中

学生時代、ひょんなことから演劇に関わることになったこともあり、
勉強のために小劇場を見に行くようになりました。

年間100くらいみてたのかな。

評論家とかになれるかなって思ってました。あまりに見すぎて。

なんていうか、演劇を4日連続で見るとココロが少し鈍くなります。

これはほんと。そんな日々も今は懐かしく愛しい思いでです。


このコロナで演劇は公演が出来なくなり、でもエンタメ業界には補償はなく、
大手が大打撃を受けている状態での小劇場はもはや壊滅状態。
さらに小劇場界隈の役者さんは、シフトが自由な飲食業でアルバイトしていることが多いので、そこも壊滅してしまうともはや生きていけない。
音響さんや照明、舞台装置などなど、舞台やライブがなければ職を失う人たちはたくさんいます。

そんななか、「演劇なんて好きでやってるんだから」っていう批判、すごかったですね。

そして、それにたいして「そんなことはない」と理路整然と納得できるような説明できている人がいたかというと、それもまたいなかった気がします。
みんな批判の前に黙りこんだ。
みんなどこかでわかってた。
今は何を言っても理解されないと。


そんななか、やっぱり何ヵ月も自粛してるとさすがに「生でみたいわぁ」ってなるわけで。
オンラインじゃ嫌だ!
やっぱ生の演劇はいいわぁってみんなが思い出した矢先の、いわゆる劇場クラスター
7月には小劇場で
8月には大手の宝塚でも。

エンタメ業界は、これで打撃を受けたくないのか最初は加熱した報道も下火になった気がします。このまま、重篤な方やなくなる方が出ませんように。

私が最初のクラスターで思ったのは、出演者多いなとか、モリエールなんて隣の人と肩がふれあうような座席配置で、換気もなくて観客を半分近くも入れて平気なのかなってこととか、そういうみんなが思う疑問だったのですが。

そのつぎに思ったのは「小劇場にしろ大劇場にしろ、ある程度うつるの覚悟してないと行っちゃいけないよな」でした。

劇団に関わっているとき、新型インフルエンザが流行って、公演中の出演者がかかりました。
そのとき、劇団は公演を中止しました。この中止は赤字覚悟で半べそかきながら決めたものです。
当時は70人程度しか入れない、換気もできないような劇場を借りていて、出演者に2人もインフルエンザが出てしまっては公演を続けるのは難しかった。

でも、公演終わってから出演者やお客様から言われたんですよ。

「黙ってやればよかったじゃん、中止にするほどじゃなかったよ」と。

確かにあのときの新型インフルエンザは思ったよりも致死率が低くて、かぜみたいなものだった。
正直、小劇場で肩がふれあう距離で、隣の人がかぜもっててうつるとか普通にありそうですよね。

これまさに、いまのコロナとおなじですよね。

演劇を中止すれば私たちは損害を被り、そして生きていけなくなる

でも、もし黙って公演を続ければ、感染者を出し第三者を巻き込んで死者がでるかもしれない。

それで気づいたんですよ。一連のコロナの苦しさって、自分が死ぬか、他人が死ぬかの二択を常に迫られるからなのかなぁって。

苦しい。
これは苦しい。

モリエールの問題は、ずさんな部分もかなりあると思うし結局なんでクラスターになったのかやっぱりよくわからない。
この問題、なんだかんだで、やっぱり最初に誰がコロナにかかった経緯がわからなければ解決しないと思います。まあ、それを知るのは困難だからうやむやにしかできないですよね。
出演者だったかもしれないし、お客さんだったかもしれない。
一つ確実にわかったのは狭いところに押し込められればどんなに対策しててもある程度感染してしまうということです。

それでも小劇場を見るのなら、私は会場の規模や座席表、天井の高さや換気の具合など、自分の目で確かめ、人との距離が近ければ帰ることをおすすめします。
払い戻しはしてくれないと辛いけど、命を守りたいならチケット代は寄付だと思うしかない。

そして、劇場に残る覚悟を決めたら、残念ながらある程度感染すると思って見てほしい。

演劇がそこまでの覚悟が必要なものになってしまうのは悲しいけど。でも演劇は、照明のために密閉が必要でスモークを滞留させなきゃいけないし、そのなかで2時間近くもの密閉状態になるわけですよ。エアコンなかったら汗だくですよ。
残念ながら、200人以下の劇場とはそういう場所です。
広いところは換気できるようで、客にはうつったとは聞きませんけど、どうなのかはわかりません。

私が小劇場を見に行かなくなったのは、子供に喘息の疑いが出てからです。私のかぜがうつった子供の咳はあまりにもひどく、私は風邪をひいてはいけないと痛感しました。

小劇場は換気も悪いし、照明の関係でスモークたいたり、暗くするからほこりもたまるし、正直あまりいいコンディションのところは多くないのが実情です。そして、なにより経験上痛感するのは、出演者一人が風邪を引くと大抵他の出演者にうつります。どんなに対策をしてもうつらないことがなかったです。
なので公演前には風邪にかからないでと出演者に懇願するのですが、そのころには体調を崩している人が既に存在しています(笑)

この状態で、座席を少なくしてビニールシートを客との間にはって、本当にリスクが低減するのかは、誰にもわからないのです。
とりあえずク○ベリンは効かなかった(笑)
残念ながらそれが私が見てきた現実です。

あのとき公演を中止したことはベターな決断だったと信じているけど、他の人はそうおもっていない。

極論ですが、自分のためなら、他人の生を気にしない人はたくさんいます。
そして、逆もしかりです。


大切なものは人それぞれ違い、それを強制することはできない。
批判は簡単だけど提案は難しい。
頭のいい人たちが考えた感染対策は、「接触しないこと」ただそれだけなんだから。

私は、子供のために小劇場にいくのをやめました。
でも、それは子供が大きくなればまた再開させることができます。
そのとき、私は見に行けなかった期間を悔やむでしょう。
とても悔しい。
本当に悔しい。

公演中止したとき、
悔しくて悔しくて後悔しかありません。

その悔しさをかかえて、生きていくしかない。

でも生きているだけマシなんだと言い聞かせています。

コロナはやくなんとかなりませんかね。
ほんと。
演劇見たい。