今日、インターネット上で母親が駅構内で子供を蹴り飛ばす幼児虐待動画が広まっていてそれを目にしました。止めに入るか入らないか、それはその場によって、その状況に応じてだと思います。出来たら小さな子供は守ってあげたいですよね。見ず知らずの子でも。
その動画やコメントを見て、もう十数年前になりますが麻布でヤ○ザと喧嘩になりボッコボコにされた事を思い出しました。
その時も、一緒にいた友人がヤ○ザと口論になりお互いが手を出し始めたんです。
そこで少し遅れてきた僕(=トイレに入ってて)が、慌ててその間に割って入って喧嘩を止めようとしたところ、矛先が僕に向きガンガン殴られ蹴られまくって髪の毛もひっぱられ・・・散々やられました。
そういう夜の街ではヤ○ザにはかなう訳もなく、結局は全員で侘びを入れて軽症の僕以外は何とか無事でしたが間に入るっていうのは言うほど簡単ではなく、自己犠牲も辞さない覚悟が必要です。
この場合は、「友人が!助けなきゃ」という理由がありますので躊躇している場合ではありませんでしたが、見ず知らずの場合はどうでしょうか?
あと、こんなこともありました。
十年前くらいでしょうか、家の前の路地でタクシーの運転手(男性)と酔っ払った若い女性が大声で言い争いをしていました。
ちょうど外出する時だったので目の前を通ると、運転手が女性の手をひっぱって女性が痛いと叫んでいたんです。
そこで、ちょっとちょっと暴力は良くないとまた割って入りひとまず話を聞いていたら、なんでも女性が無賃乗車しそうになったから取り押さえたとのこと。
しかし女性は(=あきらかに酔っ払っている)、お金は車内に放ったと言っているんです。
座席の下に落ちているから探してみろと。
女性はその場を離れようとしているので運転手は手を離す訳にもいかず、とにかく女性にお金を拾うように言っていたらしいのですが、女性が言う事を聞かなかったので困っていたと。
そこで僕が、「ちょっと落ち着きましょう」と女性の前に立った瞬間!
「ボコッ!」
いきなり蹴りが飛んできてこう言い放ったんです。
「オマエ、誰だよ!関係ねーだろ!」と。
そう、関係ないんです、僕は。(関係ないの分かってんなら蹴るなよ・・・泣)
でも、一先ず車内の座席の下を僕が探してみてお金が無かったことを運転手に告げて、あとは本人同士で話し合ってもらうことと、警察が必要なら電話することを言いました。
運転手が、「あとは大丈夫だからありがとうございました」と言ったのでそこからは干渉せずに立ち去りました。
問題事に首をつっこむとロクなことがありません。
そして面倒なことになるんです。時には痛い思いも・・・。
それでも、それを分かっていても今回の母子の件、目の前で起きていたらどうだったのか考えてしまいました。
今回の母子、子供の保護ももちろん大事ですが、お母さんへのケアも誰かしてあげないといけないんじゃないかな。
人として“何が本当の優しさ”であるかをもう一度考えるきっかけになったのは確かです。
これって、行き詰った会社/経営者でも(形、状況は違えど)同じようなことが起きていて重なってみえてしまいます。
そう感じるのは僕だけでしょうか・・・?
というのも、周りがみえなくなっている時の人間って普通では考えられない事を平気でするので。。