蛙の子は蛙。過去の振り返り | 『イブログ』 全国の老舗に新しい可能性を。

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「蛙の子は蛙」と良く言ったもので、確かに子は親のたどった道を歩むものかもしれません。

かくいう僕も、最近になって登山を始めている影響に父親が関係していると感じています。

僕の父は、かれこれ8年前には病を患い他界しています。
その父が昔好きだったのが「山」でした。

僕も小さい頃、兄と一緒に山のキャンプに良く連れていかれたのをはっきりと覚えています。

なぜ良く覚えているかと言いますと、日航機事故「御巣鷹山墜落」が起こったその時に、近くの山でキャンプしていたからです。

あたりは騒然としていて優雅に飯ごうを焚いている場合じゃなかったと記憶しています。

あとは、冬山の「谷川岳」の麓(たぶん登山口あたりかと。)で雪解け水をつかってやはり飯ごうをした記憶があります。そんな魔の山と言われる谷川岳で子供連れてテント張っていたのは僕達だけでしたが。


知らず知らず親の影響を受けていたなんて、この歳になってようやく気がついたのですが。

これとは別で、血筋というのもあります。

父親や母親と直接関係していなくても血縁関係を幼い頃から刷り込まれると自分も“ソノケ”があるのかと認識してしまうところです。


父親の血筋は、代々町医者だったようで戦時中・戦後はたいへん苦労したと聞いています。

医者っていうだけでなんだか儲かってそうなイメージですが、
その当時は患者さんにお薬を出してもお代は「野菜」。何をしてもお金にはならなかったと聞きました。

でもお薬は「お金」で買わないといけなかったようで、本当に大変だったようです。

こういう話を聞くと、医者にはなりたくないな・・・と幼心に感じていました。まぁ勉強もしていなかったのでなれる訳ないのですが。


それと、父親方の僕から見た祖母の兄(伯叔祖父:大おじ)が、秋丸次朗さん(一応、さん付け。)と言いまして、関東軍の参謀をされていました。(最終階級:陸軍主計大佐)
主計なので、経済戦争の面を主にされていたと聞いています。
{僕からみた従兄弟叔父(いとこおじ:秋丸次朗さんの息子)が新聞社で勤めていたこともあり、ネットで色々と情報を出しています。}


これは成人する前になって初めて知ったことではありましたが、今自分が何故経営戦略やマーケティングといったものに強い関心を抱いていて、それを仕事にしているかの理由に繋がります。


会社組織での、強みや差別化を考えよ!とした場合にはそもそもの資源をたどることが必要です。

大きな会社になってくるとまた少し違ってくるでしょうが、社長個人の色が強い会社では、その個人的な過去を掘り下げていくことも大切だと思っています。(仕事に直接関係ある、なし関わらすです。)

前向きなアイディアを出したり戦略を練ったりするにも、この過去の振り返りプロセスがきっと役立つ時がくると思いますよ。