
アヴィーチーが死んだ。
大きな星が落ちた。
彼の携わった曲は、心に刺さるリズムを持つものだった。好きだった。
「wake me up」をきっかけにアヴィーチーを知った。
どこか哀愁を感じさせるヴォーカルの歌声は、
全てが終わるまでどうか起こさないで と歌う。
心臓の鼓動に導かれて 暗闇を行くー
旅が行き着く場所は分からないけれど、どこから始まったのかは分かっているー
人は、私を、若すぎる、夢を見ているというー
人生は過ぎ去るだろう、私が目を覚まさなければ とー
それならそれで良いと思う。
だから全てが終わるまでどうか私を起こさないでー
ずっと自分を探してきた、
自分が迷っていたなんて知りもしなかった。
だから、全てが終わるまで私を起こさないでー
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歌詞にどれだけ彼の想いが乗っているのかは分からない。
しかし、彼がこの歌詞に乗せたリズムは、力強い。
真っ暗な地平を、孤高の駿馬が矢のように駆けてゆく光景が脳裏に浮かぶ。
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彼の死が意味すること、我々に考えさせることは多い。
彼が生きてこの先作り出したであろう作品を思うと、音楽の世界が失ったものは大きいだろう。
私が、彼の死を契機としてここ数日考えさせられていることは、生や死という根源的な問題だ。
彼の家族は、彼の死にあたって声明文を出した。
そこには、彼が
a seeker, a fragile artistic soul searching for answers to existential questions.
すなわち、根源的な諸問題に対する解を求める者(儚い一つの芸術家の魂)であったと、
記されている。
また、he really struggled with thoughts about Meaning, Life , Happiness.
He could not go on any longer.
He wanted to find peace.
とも記されている。
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彼は、死の中で、解を見出だすことが出来たのだろうか。
アヴィーチー(Avicii)というネームは、由来として 阿鼻叫喚という語に言う 阿鼻地獄を意味するようだ。
彼のDJブースには多くの人が集まった。
何千、何万という若者が、手を突き上げ、彼の作ったリズムに乗って、彼に向かって押し寄せるように踊る。
そんな光景の中で、会場の電光画面には時折、Avichii=阿鼻地獄と出るのだ。
ほとんどの者がその意味を知らない中、アヴィーチー本人はどう思っていたのだろうか。
彼は、この世界での大いなる成功の地位に在って 何を思っていたのだろう。
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しかし、私が彼の音楽から、聴衆の一人として感じるものは、決して後ろ向きな感情ではない。
この世界を見捨てたり、堕ちることを願うような気持ちにはならない。
むしろ、何者にも理解されないとしても、
心臓の鼓動に導かれるようにー
明確に感じる始まりの地点、つまり私自身の決意の地点を背にー
駆けて行く、
そんな前向きな思いを得るのだった。
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太宰が死に、芥川が死に、金子みすずが死んだ。
彼らは、人間の根本にある美しい光を十分に理解していたように私は思う。
そして、醜くみえるこの世界が如何に美しいかも、よく理解していたように私は思う。
ただ、より美しい光を求めて旅立ったように感じるのだ。
アヴィーチーの死因は分からない。
しかし、自殺ではないにしても、彼は、この世界に留まるには、精神的な探求が彼自身の到達点を超えてしまったかのような印象を私は持った。
死すと、人は何処に行くのか。
何の為に、人はこの世界で生きるのか。
生きる目的、死の意味は何か。
彼の死は私に改めて問いかける
アヴィーチーよ、安らかに
(G.L.E)
アヴィーチーよ、安らかに
(G.L.E)