良い意味で予想外だったのは、このITスクールが生徒の要望に熱心に耳を傾けてくれることだ。

 

授業中、つまづいたり聞き逃した点があると、背後に控えた助手が席まで来てサポートしてくれる。

部屋が寒いといえば、ダッシュで廊下に走って、エアコンを調整してくださるし、

アンケートで「休憩スペースがないのがツラい」と書くと、一週間後には社長が新たな部屋を開放してくれたこともある。

 

この姿勢に恐縮してしまうのだが、もちろんスムーズに解決できないことも起こる。

 

その日、お手洗いに入るとトイレットペーパーがなくなりそうだった。

補充しようと洗面台の下の棚を開けたが、予備の紙はない。まだ掃除が済んでいないのだろうと察して、上の階の洗面所の棚から予備分を一個移動させておいた。

 

しかし翌日もロールが補充された気配はなかった。

いよいよ今日はなくなりそうである。

 

また上の階で探すも、見つからない。上の上の階にもない。

意地になって1階からトイレを巡るが、補充分は見つからなかった。

まずい。

この学校はトイレットペーパーを置いていないのか。

ピンチである。全女子生徒の。

 

教室に戻り、先生に女子トイレの紙がないことを告げると、奥の棚をごそごそと漁り、「これ、どうぞ」と1ロール渡された。

ありがとうございます、と受け取った。

業務用というか、目が詰まった高そうなトイレットペーパーだった。

それはずしりと重くて、、、

待ってそうじゃない。

 

どういうことだ。

この学校ではトイレットペーパーは教室に隠してある?

自由に使えないルールなのか。

罪人みたいである。

 

いや、配給制か、申告制なだけである。

とにかく、言えばもらえるのだから。

 

今日受け取れたロールはひとつだけ。

もし急にお腹が痛くなったらどうしよう……

 

冷や汗が出てくる。まったく授業に集中できない。

 

たまらず同級生たちに打ち明けると、「そうなの! 棚にもないの! どこにもないの!」と、ひとりの女性が同意の声を上げてくれた。

 

この人類の危機に気づいていた友が、私のほかにもいたのだ!

 

「毎日替えてよ!ってクレームを言いたいわけじゃないんだよ」

そうそう。分かる。

「自分で替えるから、棚にストックを置いといて欲しいとお願いしてるだけ。それに事務員さんにも伝えてある。なくなりそうですって」

すでに問題を把握し、対処もしていたとは驚きだ。

……この人についていきたい。

彼女は私が階段を往復して紙を移動させたことを労い、同志として認めてくれた。

 

しかし、今日はもう紙はないのだ。

 

 

女子の尊厳の危機を共有した我々は、勢いそのまま、事務員さんのもとへ訴えに行った。

すると、「今補充しておきますね」と拍子抜けするほどあっさり受け入れられた。

ほっとすると同時に、私は達成感に満たされた。終わった。これで終わったのだ。

 

さらに事務員さんが新情報までくれた。

「毎週月木にトイレ掃除するんですけど、きのうの月曜は祝日だったから間に合わなかったのかもしれないですね」

 

そうなのか。私が納得していると、すかさず隣の同級生が言った。

 

「いいえ、トイレットペーパーがないだけじゃなくて、床のゴミや汚れも一週間以上そのままです。掃除してないと思います」

 

……今日のところは目的を果たしたことだし、撤退である。

 

 

ここの掃除のおばあちゃんは、上品でおだやか。すれ違うと挨拶してくれる。

そしてなぜか、いつも手には小さなモップを持っている。

 

 

「あんなにほっそーくて短いモップで、このビル、きれいにできないでしょ」と私は言った。

ここは9階建てだし、トイレは9個以上ある。すべて確認するのはそもそも厳しい。

月木なら週に二回、ひとりで担当するのは大変すぎる。

 

パートの時給だって1200円くらいかもしれない。

「時給1300円ぐらいにした方がいいですよ!」不憫に思った私は言う。

 

「1300円なら、私やりたいです!」

突如、それまで黙っていた同級生のゆるふわ女子が入ってきた。

「いや、力仕事だし、9階だから上り下りあるし、大変だよ」

「全然やりたいです!」

なんでもいいから働きたい!と言っていたけど、そんなに本気だったとは。

 

そのとき、さっきのひとことが頭をよぎった。

「ゴミが一週間そのまま。掃除してないと思います」

 

 

上品で穏やかなおばちゃん、、、、

私は信じています。

 

 

 

 

ITスクールで就職支援の回があった。面談対策の一環の自己分析だ。

この授業では、自分の思い込みがひっくりかえるような衝撃を受けた。この回のおかげで、「社会人にもなってわざわざ学校行ってみて良かったー」と思うほどには興味深かった。

 

その内容だが、「家族」「健康」「常識」といった価値観が書かれたカードを使う。

ひとり5枚ずつカードを持ち、山から新しいカードを引く度に、手持ちの中から最も優先順位の低い一枚を捨てる。捨てる時には、その理由も説明する。最後に残ったカードが自分の一番大事な価値観というわけだ。各チームは5~6名ほど。

 

こんなゲーム、誰がやっても同じ結果でしょ、と思っていたのに、、、

人の価値観とはこんなにも違うものなのか。

 

20代の男性は「出世」を興味ないんでーと捨てるが、「お金」は欲しいっすと残す。

隣の女性は「権力」はいらないなぁーと捨てる。

「謙虚」を捨てたOLさんは「今が十分謙虚すぎて、変わりたいと思っているから」と意味深な言葉を発していた。

 

 

やがて不思議な現象に気づいた。

山から引くカードはランダムなのに、特定の人に似たようなテーマが集まるのだ。

 

20代男性は「夢」「希望」「勇気」「努力」とか、少年ジャンプみたいなワードが続き、

20代のふんわり女性には「穏やかさ」「優しさ」が集まり、一方で落ち着きある中年女性には「包容力」「調整」「愛情」のようなコミュニケーション重視の言葉が並んだ。

一番そわそわしたのが、ある理系女性はなぜか「先祖」「お墓参り」「霊」「一夫一妻制」と、スピリチュアル系ばかりを引くのだ。

 

まさかこれが引き寄せの法則か。そうなのか…

 

 

ゲームが終わると、各自が最後に残したテーマ、最も大事な価値観を発表していく。

この結果が予想外だった。

 

相談したわけではないのに、お子さんがいる女性たちが一様に「世界平和」を挙げていたのだ。

「私は家族が一番大事なので、そのために世界が平和であって欲しい」

 

遅刻ばかりして、授業中に寝ている友人も同じ答えで、「当然でしょ、これしかないじゃん」と言っていた。

 

私のチームでも「世界平和」は何度も出てきたが「自分には遠すぎて、、、」と、私含め、誰も残そうとしないカードだった。

ふと、「夢は世界平和です」と答えて笑われるのは日本だけだ、という誰かの言葉を思い出した。

 

母になるとはこういうことなのか。

母の、あるいは女性の願いというものを、私は、世の中は理解できているのだろうか。

急にそんな思いがよぎった。

 

 

実は、この授業の話には続きがある。放課後、他チームでのこんな話を打ち明けられた。

20代のふんわり女性はゲーム中、中年男性があるカードをずっとキープしていることに気づいた。その一枚だけは手元に隠すように置いて、どんな内容を引いても決して入れ替えない。

ある時、ちらっと見えたそのカードには、「性愛」と書いてあったそうだ。

「ひっ… きもっ…って心で悲鳴を上げました」と打ち明けてくれた。

 

 

本能のまま、素直に選んでくださいと説明されたのは、確かにそうだ。

しかし、中年おじさんが20代女性と同じチームでそういうことするのか…。

潔いというか、大胆というのか…!? 

 

リアクションに困った私だが、「それにしても、メンバーを怖がらせてどうするー」とだけ、つぶやいてみる。

 

このカードゲームは転職面談での受け答えに活かすために行っている。

まさかこの男性は面談でも「私が一番大事にしているのは性愛です! この会社で働きたいです!」とか伝えるキャラだったのか。そうなのだろうか……

 

 

ITスクールでは、朝イチに求人情報をプレゼンする決まりだった。

みな就職を目指しているから、持ち回りで各自気になっている内容を共有するのだ。

 

発表の順番は座席順。

当日までに指定のフォルダに格納しておく。

すでに出た求人を何度も紹介する迂闊な者もいるが、基本生徒はみな真面目でサボる人はいない。

 

もはや朝の儀式になっていたのである。

ところが後半のメンバーに進んでいくと、だんだん様子がおかしくなってきた。

 

学校の土地柄、我々生徒は首都圏で仕事を探しているわけだが、最後列の女性は西日本の米軍基地の求人を出してきた。彼女は働く場所にこだわりはなくて、その都度、勤務先の近くに引っ越せばいいという。

沖縄の季節限定求人や、愛知県に広がる大企業を紹介する日もあった。架空都市のような街名が実在することに驚く。

 

グーグルマップで見知らぬ土地を眺め、人々の生活を想像するのは楽しい。

 

プログラマーやSEの求人を選ぶ生徒が多い中、最高齢の男性がプレゼンしたのはキムチ会社だった。

地元にもエンジニアの募集があるんだなと聞いていると、彼が応募したいのはアルバイトで、職務内容も来客対応、お茶出し、コピー、その他庶務だという。

 

「事務ならば、希望があるかと思って」

 

控えめというか、戦略的というか。

確かに彼は定年後の仕事を探している。しかしその正体は、技術畑出身で、全国転勤を経験しながらウン十年とキャリアを積んできた猛者なのである。

 

なぜにお茶出し? なぜにキムチなのか?

 

この企業のウェブサイトには、味自慢、本場の味とある。おいしそうだ。

商品一覧には、白菜キムチ、れんこん、ねぎ、といった各種キムチが並んでいる。キムチパラダイスである。真っ白な作業着の職員写真が同じ画面にあるのも手伝って、とにかく画面が赤かった。

 

赤い。それにしても赤い。思ったよりだいぶ赤かった。……いや、どうしてキムチ?

私は混乱してきた。

 

後日、この日に病欠していた同級生に「なんでこのキムチ会社を選んだんですか?」と聞かれたが、「さぁ、なんででしょうね」と私は答えた。

 

 

そうしているうちに、ずっと休んでいる例の女性の番が迫ってきていた。

 

これまでも発表日に休む人はいたが、資料をあらかじめ格納しておけば、先生が代わりにプレゼンしてくれていた。

しかしこの彼女はずっと欠席している。「あらかじめ格納」はできず、フォルダは空のまま。

一体どうなるのだろう。

このパターンは初めてである。

 

そして当日、彼女は来なかった。

 

今朝の求人紹介はなしかと安堵していたら、先生は「今日はお休みですねー」とぼそっといい、フォルダを探し始めた。そして、入学オリエンテーション説明の際、生徒にお試しで格納させた求人ファイルを見つけた。

 

「これでいいや」とつぶやいた後、普通に求人紹介を始めた。

 

その募集は3か月前のものだし、求人検索の例として学校が紹介したものだった。しかしそんなことは今、ほんとうに些細なことだった。

 

我々生徒は黙って状況を受け入れ、先生はピンチを切り抜けた。

 

 

正直、求人を探すのもネタ切れで億劫だったので、もしかしてサボれるかと期待したが、そうではなくがっかりした。

 

穏やかな先生で、いつもへらへら体を揺すっているのだが、それは修羅場をくぐり抜けた末の最終形態に見えてきた。

まったく動じない。臨機応変すぎる。

 

 

 

 

学校の昼休みは一時間。友人と私は毎日ランチに出かけていた。

 

学校前の定食屋に始まり、韓国料理店、居酒屋のランチ、ラーメン屋、回転寿司、スーパーマーケットの総菜コーナーまで、どんどん新しい店を開拓していった。

 

学校からの距離もじわじわと伸びていく。

「大人の歓楽街」でPC講義を受けているやつが、昼は駅前のビジネス街にいるなんて思うだろうか。

 

意外に行けちゃうものなのである。

 

一時間の可能性は無限大なのだ。

図太く、たくましくなった我々は立派なランチOLに進化を遂げていた。

 

やがて、授業開始5分前に到着すると「早かったな」と時間を持て余すようになった。そのうち、3分前に戻れても「まだ時間あるじゃん」とお手洗いに行く余裕も出てくる。いや、友人は授業に微妙に遅れているので、アウトといえなくもないのだが。

 

そんな我々のランチOLぶりを見て、他の同級生からおすすめの店に連れて行ってほしいと頼まれるようになってきた。

ならば!と案内すると大抵「こんなところまで行ってたの?」と、そのありえない遠さに呆れられる。

 

しかもそんな日に限って、普段よりデカ盛りの料理が出てくるのだ。

常連の我々が見ない顔を連れてきたので、張り切ってくれたのだろう。もはやフードファイトの量。

 

知ってる猫がともだちの猫を連れてきたから、ごちそうを出してくれた、みたいな感じか。

 

問題は「その後」で、帰りは猛烈な早歩き。

そう、我々はここで時間を調整しているのである。もはやだまし討ちみたいになっている。

 

 

ある日、小走りで学校へ急ぐと、突風が友人の帽子を吹き飛ばした。

慌てて拾い上げて、頭を押さえながら進む。止まることはできない。

 

歩くペースも違うため、先頭集団とそれを追うものたち、みたいなフォーメーションになってくる。

 

信号が変わり、道路を挟んで離れ離れになった。

 

「さきに、、、先に行って! 私のことはいいから!」と叫んだりする。

 

スリリングなのである。

 

それも楽しんでもらえませんか。

 

そんなこんなで迎えた最終日のランチ。

ついに最後だからとステーキハウスに入った。

ひとり2000円はする。最高額である。

 

これまでのランチ旅を振り返りながら、鉄板にのった薄いステーキを食べた。

これが最後。こみあげるものがある。まさに感無量。

ふとスマホで時計を見ると「13:16」と出ていた。

 

「え?」

 

授業開始は13:10である。

知っている。毎日この時間と格闘していたのだから。

 

足がもつれながらも、小走りで戻った。もちろん間に合うはずもなく大幅な遅刻となった。

 

 

秋なのに猛烈に暑かった去年、友人と万博に行った。

 

閉園時間まで粘ったせいで、帰宅ラッシュに巻き込まれてしまった。その上、駅の入り口はもう目の前というところで「混雑しているので通れません! 迂回してください!」と、柵が設置された。

わずか数秒前に通れた道はもう進めない。状況がのみ込めず、しばし呆然と立ち尽くしてしまった。

 

我に返り、迂回ルートであっても、今すぐダッシュすれば一気に駅に近づけるはず……と小走りしてみたが、同じことを考える人ばかりなのか、あっという間に人混みに飲まれてしまった。

 

この群衆の中では、流れに身を任せても前に進めなかった。

順番を守る人、いわゆる「前の人の背中をついて歩く純粋な人」というのはいないのだ。

前方に隙間ができれば、横から後ろから人が入りこむ。意志を持って隙間をとりにいかなければ、駅にはつかない。

 

ここは戦場なのだ。

 

 

息子を抱きながら、後ろの母と娘を確認するパパさんや、手をつないでいる若い男女。幸せそうな人々を、そうでない私は追い越して進んでいく。

 

 

そんな中、大柄な女性が隣りになった。

ピンクでフリフリレースがついたワンピースを着ている。Tシャツばかりの人込みの中では華やかだった。一人で来ているようだし、好きな恰好で万博をまわり、楽しんで帰るのだなと納得した。

 

だが並んで歩くうち、少し違和感も出てきた。

 

ちらっと確認すると、肩まである黒髪にきりっと細い目元。

 

……女性ではない?

 

ちょうどその人の真後ろになり、大きな背中を見上げたとき、確信した。

 

女装した男性である。

 

後姿はジブリの巨神兵を思わせる、頑丈そうな長方形。改めて見ると、白いソックスを履いた足も筋肉質だった。

 

 

駅の入り口に近づくと道幅が広くなり、人混みにもぱらぱらと余裕が出てきた。

その女性はずっと左前方にいたのに、次に確認した時はさらに右斜め前、次はさらに中央と、位置を変えながら、どんどん離れていく。

瞬間移動しているみたいだった。

 

駅に入り、大きな下り階段が続くところで見失った。

 

しばらくして、はるか前方に頭を見つけたが、その姿はどんどん小さくなり、あっという間に見えなくなってしまった。

 

先程までは私の隣にいたのに。夢の跡である。

 

 

ようやく地下鉄に乗り込むと、自然とこの人の話題になった。

友人も女性の恰好をしたこの男性に気づいていたのだ。

 

「あの身のこなしは柔道だと思う」

 

友人が言った。

 

「体の使い方をわかっているんだよ。追い抜き方が、絶対スポーツやってたと思う」

 

さらに続ける。

 

「耳が潰れていたでしょ? 柔道やってた人は、投げられるから耳の形が餃子みたいになる」

 

指で耳を畳んで見せてくれた。

体育会経験者に「餃子耳」は有名なのだそうだ。

 

 

ガタイのよい体にフリフリのドレス、小さなピンクのポーチをつけ、瞬間移動。

なんとなく、万博の女性柔道家は翌日も仕事がある気がした。