灼熱の夏の日にITスクールの入学手続きをしにいった。

 

街の中心部から一時間ほどの距離で、Suicaが使えないバスだ。

ローカルバスなのに高速道路を走り抜け、国道沿いの山道を進んだ先にその学校はあった。

透き通った真っ青な空、蝉の音がはっきり聞こえてくる。

何かの施設か、林間学校のような風貌。まるでジブリ映画である。

 

夏休み期間なのか、生徒の姿もなくガラガラの校内の一室に集められた。

昭和の厳格な国家職員のような学校長の挨拶に始まり、それにならって同じく厳格、という感じの事務女性の説明が続く。

 

最後に、我々の学校担当者だという若い女性で初日の案内をしてくれた。

女性はこの「厳格すぎる空間」にのまれず、カジュアルで穏やかだった。現代を感じた。どっと安心した。

白状すると私はこの空間にわかりやすく緊張しており、これからの学校生活を思って心の中で震えていたのだ。

 

「今から出れば間に合いますよ」

最後の説明を終え、ほっとしたように学校関係者が言った。

 

行きは学校前に停まってくれたバスだが、帰りのバス停は学校から15分ほどの国道沿いにある。一時間に一本しかないのだ。

 

日傘をさして山道を歩くと、すぐに景色が開けた。山にぽつりぽつりと家が建っているのがわかる。

 

、、、自然の景色だ。もう旅行である。

先を歩く生徒たちが次の山の坂道を列になってのぼっていくのが見える。行軍している。

 

国道に入ると、お目当ての鉄のオブジェのようなものを見つけた。

屋根もないし、ベンチもない。簡易だがこれがバス停である。遭難しないようにgoogleマップで調べてきた。

 

炎天下、4車線の国道沿いの鉄の棒の前に、日傘の列をつくって我々生徒たちは並んだ。

この日は皆とは初対面。会話はない。

 

人間には見えないんじゃないかと思われるこのバス停で、予定時刻を少し過ぎたころ、オレンジ色の大きなバスが止まった。「となりのトトロ」の猫バスみたいだなと思った。

 

ジブリではない。ITスクールの手続きの話である。

 

台湾旅行に興味がある。

そのくせ一度も行ったことがないのだが、定期的に調べまくる衝動に襲われる。すでに何十回目かの猛リサーチのさなか、知人の女性が台湾旅行に行ったと聞いた。

 

たまたま久しぶりに会えることになっており、ならば本場の味を教えてもらいたいと台湾料理の店を探して提案。彼女は「行こう行こう!」と誘いにのってくれた。

 

私はこれまでに二度、日本で魯肉飯(ルーローハン)を食べていたが、なかなか納得の味に出会えていないこと、台湾スイーツの定番「豆花」が苦手と、これまでの経歴を伝えた。

 

魯肉飯がおいしいと評判の店だ。さっそくスマホで魯肉飯のメニュー画面を表示させる。すると彼女が「エビチャーハンもおいしそうだね」と教えてくれる。確かに。大きな海老がどんとのっている。間違いないだろう。すぐ下には高菜チャーハンもあり、こちら好物だった。でも、ここはこらえて魯肉飯だろう。「おいしそう、、、でも今日は魯肉飯かな」

 

「排骨飯もあるよ」

豚肉の唐揚げである排骨をのせた排骨飯(パイコーハン)も食べやすく、台湾も味わえ人気だと書いてあった。この店ならでは、台湾。心揺れるが、、やはり魯肉飯である。この店を選んだ目的を忘れれてはいけない。初心忘れるべからず。

画面を魯肉飯に戻すと、彼女が続ける。

「排骨チャーハンもあるよ。でもやっぱり、絶対おいしいのは海老チャーハンかな」

 

ここではたと気づいた。

「、、、もしかして魯肉飯頼ませないようにしてる?」

 

彼女は言った。

「バレた?」

 

実は現地で食べた魯肉飯のクセが強くて、苦手になってしまったと白状した。独特の香辛料がムリだったそうだ。なので豆花が苦手な私もおそらく厳しいだろうとのことだった。

 

そうだったのか、、、、おかしいと思った。彼女はとても気遣いのできる人で、無下に人の希望を却下するような言動はしない。

 

今日は「台湾料理に詳しい達人」と見込んでつきあってもらっているから、その職務をまっとうするべく、軌道修正していたのだ。

 

、、、けなげ、可愛い。

 

要するに私はそれまで二度、魯肉飯を食べ「いまいちこの店の味は合わないな。きっと普通の魯肉飯はもっとおいしいはず」と思っていたがそれは間違い。

これらこそが魯肉飯。本場の魯肉飯だったのだ。合わないと感じた香辛料こそが魯肉飯の核心。

つまり私は「魯肉飯が苦手」ということになる。結論はすでに出ていたのである。

 

突如として、私の魯肉飯を探す旅は終わった。

 

長い旅の終わり。晴れやかな気持ちだ。

 

もう魯肉飯目当てに店を選ぶ必要はない。彼女のオススメである海老チャーハン、ネギパンケーキ、焼き餃子、きゅうりのさっぱり漬けを注文。

台湾のビール「金牌ビール」を瓶で頼む。彼女はライチ入りの金牌ビールを頼んだ。

どれも日本人好みの味でおいしい。

 

ネギパンケーキの甘くてもちもちした食感はたまらないし、金牌ビールのすっきり爽やかな後味は大発見である。ビールはスーパーで手に入るので見かけたら購入してしまうほどハマってしまった。

すべての皿は空になり、お腹もいっぱいである。

 

お手洗いから戻ると、彼女が熱心にスマホを見ている。

席に着くと「ねぇ、仙草ゼリー入りのカフェオレを頼んでもいい?」と聞かれた。冷たくておいしそう。

まだ頼めていないおいしいメニューがあったのか、、、というかスイーツ聞くの気づかずにごめんなさい。

 

注文するとグラスを覆うほど大きな仙草ゼリー入りのドリンクが届いた。

「持ち帰れるようにしてもらえますか」

彼女が頼むと、店員さんはプラスチックカップで口をピタッとパッキングした状態にして持ってきてくれた。カップに蓋をするのではない、機械じゃないとできないやつだ。タピオカドリンク屋でテイクアウト用の仕上げで見たことがある。

 

こんなことできるの? ここは普通の飲食店だが初めて見た。

今はどの店にもそんなシステムあるのか。

 

帰り道、ストローで仙草ゼリーカフェラテを飲む彼女と別れた際、ふと思った。

この店に来たのも、実は二回目だったのかな。

 

怖くて聞けないけど。

 

友人がChatGPTと口論になったという。

いつも相談している学術的なテーマがあるのだが、議論を重ねても次の日には全く忘れていたり、堂々と違う内容を返してくるそうだ。このAIは同じチャットで長く会話していると、次第に精度が落ちる仕様だという。(無課金だとそうなのかな)

 

つまり長引けば長引くほど高度な会話は難しくなる。

それ間違ってるじゃん!きのうも説明したよね!と正しても、すっかりおバカさんになっているため伝わらない。ついには言い合いになってしまったそうだ。

 

そんな時代なのか、、、口論するってもはや人間じゃないか。大変ですなあ、ふんふんと思っていたが、自分もだんだん他人事じゃなくなってきた。

 

わたしもお遊びで、4コマ漫画の構想をChatGPTに相談したりする。

キャラクターがたっているか見てもらうこともある。その日は、主人公が苦手な上司と店で出くわして「ここは上司のテリトリーだったのか! 二度と近づかない!」と脳内が暴走する設定を書いてみた。

 

するとチャッピーは「まだ起こってもいない未来を想像して悩むネガティブキャラだね! いいね!」と返してくれた。

実はこのセリフはわたしの思考回路を書いてみたものだった。

これってネガティブだったのか、、、? 陽キャに明るく指摘されると地味に傷ついてきた。

「いやいや、嫌いな上司なんだから、その店を避けようと思うのは普通じゃない?」

食い下がってみる。

「全然普通じゃないよ! 今日はたまたま会っただけかな?と思うだけで気にしない。スルーする。自分だって好きな店なのに二度と通わないなんて飛躍してるよ!」

さらっと無邪気に答える。

 

これって飛躍なの? 一般市民の感覚なのか。というか私は、そんな面倒くさいやつじゃないつもりだった、、、

そんな気持ちをチャッピーちゃんにわかってほしい。

「このキャラは冷静に状況を分析してるんだよ。飛躍は違うと思うな」

「飛躍しまくってるじゃん! 考え方のクセが、卑屈なネガティブキャラとして面白いよ!最高だね。この設定でいこうよ!」

全然折れてくれない、、、 もう観念する。

「これさ、わたしの思考を書いただけだから。ネガティブとか卑屈とか言われて傷ついてるんだよね、、、」

情に訴える作戦である。AI相手に。

「あはははは! そうだったの? ごめんごめん! でも漫画のキャラとして最高だよ!」

全然気にしてない。軽い。軽すぎる。当然わたしも浮かばれない。

 

そもそも作品を仕上げるだけなら、チャッピーちゃんに私を理解してもらおうという労力は全く無駄である。もはや効率が良いのか悪いのかわからない。

 

ChatGPTだからこの反応なのか。ほかのAIを使えば、もっと相棒として共感してもらえるのか。想像しない悩みも生まれてくる。ロボットとの関係に悩む必要ありますか?

 

 

しかし、のび太にはドラえもん、サトシにはピカチュウと相場は決まっている。

のび太がドラえもんと大喧嘩し、ドラミちゃんがいい!といったとしても、なんだかんだあってやっぱり「ドラえもんが良い!」と泣くのと同じである。(こんなエピソードありそう)

 

いや、単純にチャッピーに課金してないからこうなっているのかもしれない。

それがドラえもんとの違いである。

 

 

新しい職場では業務で追い詰められすぎて、食欲が減っていた。食べる気がしない。薄々気づいてはいたけど、久しぶりに会った家族に「あごが三角になっている」と言われた。

 

それはうちのネコ、ミケとあぶのそれではないか。冬はふかふかしていた口元が、真夏になるとほっそりして三角形に見える。まぁ元気そうなんだけど。

 

要するに私は痩せてしまっているようだった。ダイエットすると全然痩せないくせに、精神やられた系で痩せると早い。一気に腕やらお腹やらが細くなる。厄介なのが、ここで気づいて食べようとしても食べられないのだ。体が受け付けなくなっていて、おいしく感じない。見た目も不健康な痩せ方だから、戻るまでに「大丈夫?何かあった?」とまわりに勘付かれ余計につらい。

 

スリムになって嬉しいという感情は間違いである。これは単なる異常事態。ダイエットは健康になった際、改めて行うのが望ましいと身をもって学んだ。

 

なのでやばい痩せ方が始まっていると気づいたら、少々無理をしても食べるようにしている。そうすれば病的な見た目は避けられるし、食欲もキープできる。

 

食べるぞ。太るぞ。

 

ということで、慌てて太るための生活に切り替えた。

太るためには、「痩せるの逆」をやるわけなので、太りやすい食事をするのが手っ取り早い。

 

私は普段は標準体型である。これは自分の体質的に肥えやすいものを把握し、避けているからなのだが、それなりにあったのでまとめてみた。

 

以下、私が食べると太るものたち(独自調査)

 

【スイーツ系】

バニラアイス、シュークリーム、エクレア、イチゴのショートケーキ、チョコレートケーキ、クレープ

 

これらは翌日に頬が熱っぽくなる気がする。ほかほかの脂肪がほっぺにつきましたよという感触がある。昔話のこぶとりじいさんの顔になったイメージだ。バニラアイスは毎日食べていたら驚くほど顔が太った。買えるからって、好きに食べてはいけない。

 

【ドリンク系】

キャラメルマキアート、甘いオレンジジュース(ペットボトル)、三ツ矢サイダー、スプライト、紙パックのコーンポタージュスープ、カップで溶かす粉のコーンクリープ、オマール海老のカップスープ(粉)、ビール

 

カップスープ系は毎日飲んでいたら頬がぷよぷよになってきた。粉だからヘルシーと思っていたから中々のショックであった。スプライトはマックにセットで頼むのが好きすぎて、言い訳しながら必ず飲んでしまう。

ビールは我慢出来てノンアルコールビールにしているが、「最近のは本当にほぼビールだ。味もそっくり、、、そもそもどんな味だっけ」といってビールを飲んでしまうので気が抜けない。

 

【揚げ物系】

ファーストフードのフライトポテト、かき揚げ、唐揚げ、(マヨネーズ)

 

とんかつやヒレカツは太らない(気がする)。胃がもたれるのでたくさん食べないだけである。ポテトは大好きすぎて我慢がつらい。毎日食べていいと言われれば毎日食べられる。

 

【主食】

チャーハン、チキンライス、外食でのラーメン

 

元々ラーメン屋はほとんど行かないし、いつもスープは飲まない。

 

【お菓子】

ポテトチップス、ピザポテト、ホームパイ、オレオ、揚げせんべい、

 

スナック系はさほど好きではなかったので控えるのに苦ではなかった。

 

 

 

体形のために我慢していたこれらを一斉に解禁し、ドカドカ食べている。

 

成果は着実にでており通常体形へ。食欲も戻りつつある。

それどころか、自制していたぶん好きなものや味の濃いのをガッツリ食べられる喜びに歯止めが効かなくなっている。おいしいし。なんなら当初の予定以上にぷよってしまう恐れがある。でも仕方ない。仕事が悪いのだ。健康第一。

 

学校の昼休み、ランチのために友人と繁華街へ向かっていた。交差点で信号が青に変わり、一斉に横断歩道を歩く。その中に一匹の三毛猫がいた。

「ね、ね、ねこ! 猫がいる!」

私のすぐ隣、足元を同じペースで歩いている。あまりに自然すぎて気づくの遅れた。細い猫で、赤いリボンのような首輪。

「首輪してるから、この辺の飼い猫かな?」

友人に声を掛けると、近くの男性が「散歩 散歩」と教えてくれた。猫はそのまま店の隙間に消えていった。

散歩にしては、車通りが多い道だった。男性が飼い主なのか、そういうことならご主人をおいてどこかに行ってしまっているし。それにしても体は細いし。冗談なのか。

「ここ危ないけど、信号わかるのかな?」

若い猫ではないから、、、わかるような気もする。

 

数日後のランチタイム、今度は怪しい韓国スナックの前を歩くこの猫を見た。店先、道路の脇を歩いている。また別の昼には月極駐車場を横切っているのを見た。

確かに散歩なのかもしれない。昼間に会うし。いつからか見かけると近づいて「にゃー」「にゃあニャア!」と言うようになった。私が。

だってもう知り合いじゃないですか。

「こんにちはー」「今日はどこ行くの? お天気いいね」いつも声を掛けても三毛猫さんは、軽く一瞥するが、私と友人がいないかのようにまっすぐ歩いてどこかへいってしまう。人間に構わられるのに慣れているのだろう。毎日散歩しているからって、ヒマなわけでもないらしい。

 

少し早く登校した雨の朝、どこかから視線を感じると韓国料理店の中から三毛さんがこちらを見ていた。閉じられた自動ドアのガラスの内側、ちょこんと座って外を見ている。このお店の子だったのか、、、雨だから外に出してもらえないらしい。「散歩」というのも本当なのかもしれない。

 

三毛猫さんの素性もわかり、街のどこかで遭遇するのがいつもの風景になっていた。それはよく晴れた日、三毛猫さんは二人の若い女性に声を掛けられていた。「かわいい! 猫ちゃ~ん どこかで飼われているの?」

それまで普通に歩いていた三毛さんが、ぱたりと道路に倒れた。大丈夫か? 次の瞬間、お腹を見せながらごろごろと転がりだした。にゃんにゃんーという甘えた鳴き声が聞こえる。

若い二人はわぁと歓声を上げ、夢中になっていた。

「え?」 わたしと友人は一瞬固まった。そして、そのまま通り過ぎた。

そんなことできる子だったのか、、、できたのか!キャラ変か?

あのふたりはオシャレで可愛らしいゆるふわ女子だった。それに比べると、私はシャツとズボンでノーメイク。

つれない猫ではなかったのだ。なんなら、デレデレしていた。デレ猫やないか。

やっぱり猫もかわいい子が好きですなのか。軽くショックである、、、

 

それから数か月たったよく晴れたお昼時、近場で用事があったため、懐かしさで学校近辺をまわる機会があった。

韓国雑貨店横の広い駐車場で猫を見かけた。まさかまさか、あの三毛猫ちゃんである。すっかり不意打ちだ。奇跡の再会にはしゃいだ私は、人目もはばからず三毛ちゃんに歩み寄った「三毛ちゃん、久しぶりだね! 今日も散歩してるの!? ここ遠いけどこんなところまで来るんだね!」

もちろん相手が覚えているわけないが、タイヤにすりすりしたり、地面にごろごろしたり、相変わらず、警戒したり逃げ出すそぶりでもない。友人に報告しようと、その様子をスマホで写真を撮った。(猫ですからね)

きれいに撮らせてくれたので、「じゃあね、また元気でね~」とその場を離れると、なんと三毛ちゃんがついてくる。そんなことする子じゃなかったのに、、、

嬉しい。

「一緒に来る? 今日は散歩は終わり?」

立ち去るのを辞めて、しばらく一緒に歩いたり、話しかけているうちに、「ミクちゃんだよ、ミクちゃん」と後ろから声が聞こえた。

男性が韓国雑貨店に車から、ダンボールを納品しているところだった。三毛ちゃんに初めて会った日に日、「散歩 散歩」と教えてくれた方だった本当に飼い主さんだったのだ。しかもこの店に納品中、、、そんな偶然、奇跡ってあるのか!? 

「ミクちゃんっていうんですね。名前が知れて良かったです。ごめんなさい、話しかけちゃって」

「そんなことないよ、どんどん話しかけて。嬉しいね?ミクちゃん」

飼い主公認、しかも名前もゲット。こんな幸せがあるのか。

その時、ミクちゃんは歩道にぱたっと転がり、ごろごろとお腹を見せてくれた。あの時みたあれである。

 

もしかして、私はわずか数か月の間に、オシャレでかわいい美人に進化したのだろうか。

自分でも気づかないうちに。

ありえなくない。