《更新がかなり長い期間空いてしまいました






この辺まで来て、なんとなく思い出して書くのが辛くなってきたり
自分の仕事や体調の事、家の事で忙しくなったのもあります
でも、忘れないうちに少しずつでも最後まで書き留めようと思います》
あとは、衛生消耗品などの買い物をし、これで、母がいつ帰ってきても良いように準備が整った
そして当日、私は前々から末っ子を連れて行く予定にしていたイベントがあったので、病院から帰宅する際は弟夫婦にお願いしていた
昼前に母は無事に介護タクシーで帰宅した
私と末っ子はイベントが終わってから家に帰り、家族の夕飯の段取り
有難い事に、叔母(父の妹)が、近所の旅館に勤めているので、この外泊中の昼食と夕食は全て旅館のレストランの仕出し等で準備してくれると言ってくれた
そのお弁当をいただき、実家へ向かう
弟夫婦と2人の子供(大学生、高校生)が母のベッドの周りを取り囲んで雑談していた
母は穏やかな顔付きで、みんなの会話を聞いていた
この前、こうやって実家に集まったのはもう何年か前だけど
その時はまだ母が歩けていたし話せていた
その時は、その次にみんなで集まるのは、母がこんな状態になった時だと思いもしなかった
とても複雑な気持ちになった
叔母が「お義姉さん、なにか食べたいものあるかな?」と事前に聞いてくれていたので
以前から好きだったお刺身もお願いした
病院食には生モノは出ないので、母が食べるのはいつぶりだろうか
たまに私もこっそりと母の好きな物を差し入れはしていたが、お刺身はなかなか持って行きづらかったので、差し入れした事がなかった
この頃はもう、母は自分の手を使って食事をする事も出来なくなっていたので
私か義妹が食事介助をした
大好きだったお刺身を口に入れると
「美味しい」と言う表情でニコッとしてくれた
もうこの頃には、母がニコッと微笑んでくれる事が私にとっては最高の事だったから、その表情を見てとても嬉しかった
私と義妹、(たまに弟)が交代で付き添い、母は自宅で2泊過ごした
夜は、私が母と同じ部屋に布団を敷いて泊まるつもりだったが、義妹も一緒に泊まると言ってくれた
私は1人でも泊まれると思っていたが、多少の不安はあったので、義妹の心遣いがとても嬉しかった
結局、夜中、母が眠っていても気になるし、起きてトイレへ行きたいと意思表示すればオムツ交換、その頃はまだ排便はトイレでしたがったので、2人がかりでベッドからトイレの移乗介助など…
その二晩は、義妹と共にほとんど眠れなかったが、義妹も一緒に泊まってくれたのはどれだけ助かったか、とてもありがたかった
自宅での2日目は、たまたま母の喜寿の誕生日だった
私の娘だけ、残念ながら部活で遠方に宿泊していたのと重なっていて来れなかったが、他の4人の孫が揃い、皆でお祝いした
二晩目の夜、義妹が入浴の為に一旦自宅へ帰り、私と母が2人になった時
なんだか、この家で2人きりになるのはこの瞬間が最後のような気がして
ベッドサイドで母の手を握り
「お母さん、今までありがとう。子供達のお世話もしてくれて、良い子達に育って、本当にありがとう。」と
母には少し前からずっと伝えたかった言葉だが、これを言ってしまえば、母自身が、これから先が長くないだろう事を気にするかも?と思ったし、私自身もそれを受容してしまうようで、言いたくなかったが
この時は、今伝えないときっと後悔するだろうと感じた
母は、うんうん頷いて、少し涙ぐんでるように見えたが、すぐに辿々しい口調で「もう眠たいから寝ようよ」と
この時の母の心境は全く分からなかったが、もしかしたら安定剤も毎食後に飲んでいたので、少しボーッとしていたのかも知れないし
元気な頃から、そのようなしんみりした話は嫌いだったから、照れ隠しでそう言ったのかも知れない

